カンパイ

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その夜、司馬懿は一人で酒を飲んでいた。 そこに現れたのは、 「仲達さん、仲達さん」 よく『宿敵』と呼ばれる諸葛亮だ。 「なんだ、一体」 「お酒、私もご一緒しても良いですか?」 司馬懿は杯をもう一つ出し、そこへと酒を注いだ。 「有難うございます、いただきますね」 「ふん」 『良い』とも言わないが、拒絶の言葉も無い。 諸葛亮は乾杯を提案するでも無く、ただ礼をしてから一口飲んだ。 「五丈原では、負けました」 「まるで『他では勝った』とでも言いたげな口振りだな」 「少なくとも、人気の面では……」 ギロリ。 司馬懿に睨まれ、諸葛亮は微笑む。 「あの時。貴方は私の事を伝え聞くだけで私の死を予測し、その後の陣営を見ただけで私の死を確信したと知りました。他の方では分からなかったのに……」 「それは他の者が馬鹿だったのだろう」 「ふふ、自分が偉いとは言わないのですね」 「……」 司馬懿は、無言で酒を飲む。 「思えば、貴方はいつもそうでした。鋭いのに愚鈍の振りをしたりと『他人へ良い部分を見せる』という事をしない。……それは、貴方なりの処世術だったのですか?」 「別に。刺されても動かなかったというのに、結局最後には曹操の元に召し出された時点で私の運命は半ば決まった様なものだった」 「えっ、刺された……?」 「風痺であると言って辞退したら、それを確かめる為か刺客が送られて来た」 「孟徳さんも中々に過激ですよね……」 諸葛亮は憐れみの目を司馬懿に向ける。 「それよりも、お前だ。なんだあの最期は。食事は少ない、仕事は多い。しかも他人を頼らずに抱え込むなど、過労死したいと願っている様なものではないか」 「ははは、目の前にやる事があると気になる性分でして……」 「それで死んでは何にもならん。私はお前に勝ったのでは無い、お前が勝手に負けたのだ」 「そうやって、また私を褒めるのですから……。仲達さんって、本当に損な性格をしていますよね」 「うるさい。お前より長生きだったのだから体には良い性格だ」 「それを言われると……」 諸葛亮は、困り顔。 「この調子では、もし来世があっても私はまた負けるのでしょうね」 「あと一回戦いたいと?」 「だって、負けっぱなしも何ですし」 「それならば、ここで戦えば良いではないか。碁でも何でも付き合ってやる」 「本当ですか?」 にこにこと笑った諸葛亮は、一つの提案をしてみた。 「では、もう一度……。贈り物をしても良いでしょうか」 「なに?」 「女物の服です。碁は良いですから、着替えに付き合ってください」 「はぁ!?」 「きっと仲達さんに似合うと思って贈ったのですよ?」 「お前なぁ……!」 明らかにイラッとしている司馬懿、それを楽しそうに見る諸葛亮。 ここで相手が『切れて怒って帰る』様な性格ならば――そう思っての言葉であったが……。 「良いだろう。いくらでも着てやろうではないか!」 杯を机に置き、司馬懿は不敵に笑った。 「……やっぱり、何度、どんなやり方でも、私は貴方に敵いませんね、仲達さん」 諸葛亮は、完敗した。
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