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93.鈴蘭の便箋で届いた気持ち
収穫祭も近い季節に似合わぬ便箋に、カレンデュラは頬を緩めた。いろいろと知識はあるのに、どこか抜けている。あの人らしい選択だと思った。薔薇を選ばなかったのは、わざとかしら。
鈴蘭の花言葉は、再び訪れる幸福だ。当然、カレンデュラは意味を知っていた。もちろん皇妃も意味を知り、季節に合わせて便箋を用意させている。春の花を秋に贈ることを、カレンデュラはこう受け止めた。
あなたに会う日が待ち遠しいと。春まで待てず、秋に飛んでいく。小さな白い花は可憐なイメージだが、毒があることで有名だった。ただ可愛いだけの花では、私を飾るのに相応しくない。
様々な意味に取れる便箋を手で撫でて、消えたぬくもりを確かめるように目を閉じた。少しだけ香るのは、香水だろうか。柑橘系の爽やかな香りは、コルジリネが好んだ香水に似ている。
口元を緩めたカレンデュラは、深呼吸してから目を開く。最愛の人と婚約できた自分はなんと幸運なのか。貴族令嬢に生まれたときから、政略結婚の覚悟はできていた。どんな相手であろうと、文句を言うことは許されない。それだけの贅沢を与えられるのだから。
生涯、食べるに困らない財産と、人に頭を下げずに生きられる地位、付随する権力。恵まれた容姿と環境の対価は、己の恋愛だった。自由に生きることは許されない。不自由だが、そんな人生も悪くないとカレンデュラは受け止めた。
政略結婚の相手を愛することができたのは、運が良かっただけ。カレンデュラには、プラスとマイナスは等価である、という考えがある。良いことが起きれば、災いも招き寄せる。権利と義務のような表裏一体の関係と捉えていた。
素敵な婚約者ができた代償が、今回の物語騒動だ。そう捉えたから、騒動が大きく収めるのが大変なほど……コルジリネとの愛は恵まれているのだと感じた。見知らぬ世界に生まれ直し、前世の記憶を抱えながら生きて……同じ境遇の伴侶と続きを紡ぐ。
「私って恵まれているわ」
呟いて、コルジリネの愛の言葉を読んだ、指で辿りながら単語を心に刻む。それから、明らかに仕様の違う便箋を手に取った。事務的な報告書のように、淡々と事実が並ぶだけの文面。その温度差が大きいほど、愛されていると感じた。
愛した相手が、自分を愛してくれる可能性は低い。だからこそ、カレンデュラは幸せを覚える。繰り返し何度も読んで、その文面を覚えてしまうほどに。
「はやく準備が整えばいいのに」
正式な結婚式はセントーレア帝国で行うし、初夜も同じだ。それでも先にお披露目ができる。世界はそれほどに平和で、徐々に物語から外れてきた。もう心配いらないわよね。
大切な手紙を丁寧にたたみ、愛用の箱に収めた。手紙が入る大きさで作られた、豪華な宝箱には過去の手紙が入っている。その束の一番上に置いて、そっと蓋を閉じた。愛情が漏れないように、厳重に。
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