88.大きく変革するとき

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88.大きく変革するとき

 都合よく世界は回っている。どの物語も該当せず、それでいて悲惨な状況は避けられた。こうなったら皆で大きな結婚式をして締めくくろう、そう考えるのも当然かもしれない。  新しく選ばれた教皇は、元が新興派だった。エキナセア神聖国で一番権力を持つ派閥となった民が、この男なら大丈夫だろうと太鼓判を押した初老の男性だ。各国へ就任の挨拶を送り、その返信で、リクニス国を挙げての結婚式騒動を知った。  多神教で複数の神々の神殿があるリクニスは、逃げ出した難民を保護してもらった恩もある。ここは一つ、お祝いに駆けつけるべきでは? と真剣に考えた。相談した先が新興派だったため、彼らはあっさり同意した。これが過去の教皇派なら、絶対に通らなかっただろう。 「というわけで、教皇猊下がおいでになる」  突然告げられ、王子ユリウスは慌てる。一国の王太子として、迎える準備が必要だ。しかし、目の前のタンジー公爵夫人はけろりとしていた。 「誰が来ても同じ。難民も猊下も陛下も、すべて礼を尽くして迎えるべき人達だよ」  明るく笑って、公爵夫人は三つ編みを指先で弄る。癖のようで、手持ち無沙汰になると触れていた。 「ユリウスもだいぶ逞しくなった。そろそろ父親を許してやったら?」  見透かした公爵夫人の提案に、ユリウスは反論しかけて呑み込んだ。これは父親にぶつけるべき言葉で、恩のある公爵夫人へ投げていい本音じゃない。ひょろりと痩せて白い王子様は、この場にはいなかった。  変化を求めた国境で、タンジー公爵家の危機に同行し、戦うことを覚えた若者だ。日にやけることも気にせず、仲間に鍛えられた体は、引き締まった筋肉で覆われ始めた。まだ未熟だが、剣術も磨いている。  平民に混じって汗を流し、助けを求める声に応じて手を貸し、さまざまな経験を積んだ。ようやく、国主に求められる資質を理解したばかり。顔をあげ、俯くことをやめた若者に、公爵夫人は現実を突きつけた。 「この辺境にいても、国は変わらない。何をすべきか知り、果たすべき役目があるのなら……いつまでも甘えてはいけないだろう?」  産みの母は亡くなり、甘やかす親の存在を知らずに育った。使用人は傅いてくれたが、それだけ。対等な友もなく、孤独だった。その環境は、このタンジー公爵家で大きく変化する。  平民出身の騎士を親友とし、難民と触れ合い、父母の愛情を注いでくれたタンジー夫妻がいた。 「長くお世話になりました。父と向き合い、今後を決めてきます」 「おうさ、やるならガツンと派手にくれてやりな」  公爵夫人とは思えない口調で、彼女はにやりと笑った。悪い顔をしているのに、愛嬌がある。もし王子と公爵夫人の立場で知り合ったなら、ドレスを着て澄まし顔の彼女しか知る機会はなかった。もったいない。  人の裏側を読む貴族の手法も大事だが、普段は裏にある一面を知ることはその人を理解する近道だ。学んだすべてを込めて、鍛えられた拳で、父とやり合おう。幽閉された王子はもういない。ユリウスの表情に迷いはなかった。
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