91.建国記は始まらないようだ

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91.建国記は始まらないようだ

 セントーレア帝国に入ったアスカは大興奮だった。軍事大国である帝国の都は、他国と大きく違う。大通りの広さが桁違いなのだ。大砲を積んだ荷馬車が三台並んで通れるほど幅広く、石畳で綺麗に整えられていた。  轍があると重い大砲の荷馬車が引っかかる。それを防ぐため、非常に丁寧にメンテナスが行われてきた。お陰で住人達もその恩恵に与り、馬車や徒歩での移動が楽になる。街を出たら揺れるので、行商人などはその素晴らしさを他国でも吹聴した。  大国の財力と技術の高さが広まる結果となり、貴族は自領の道も整備する様になる。帝国中が立派な石畳の道で繋がるのも、それほど遠くない未来だろう。 『ローマみたいだ』 『ローマに行ったことがあるのか?』  いきなり聞き覚えのない言語で叫んだアスカに、同乗する騎士達が視線を向ける。警戒する彼らをよそに、コルジリネも日本語で答えた。これにより、彼らの警戒は薄れる。皇太子の視察に、危険を呼び込みたくない護衛の表情が和らいだ。 『ないよ。テレビで観ただけ』  国営放送でやってたんだよ。軽い口調でアスカは話し、目の合った双子の騎士の片方に笑いかけた。だが弟イベリスはにこりともしない。瞬きして目を逸らした。  兄アリウスは皇太子コルジリネに視線を固定している。今度逃げたら自殺しますと脅されたコルジリネは、大人しくするぞと仕草で示した。肩をすくめたコルジリネにアスカが尋ねる。 『王子様に生まれ変わったのか?』 『ああ、転生というやつだろう』 『ふーん、僕とは違うんだな』  プリンと揶揄われる金髪の天辺だけ黒くなる現象の髪を弄り、アスカは明るく笑った。皇太子、公爵令嬢、辺境伯家嫡子。皆が高貴な血筋に生まれたのに、どうして僕だけ平民で日本人のままなんだ。そんなぼやきも、暗い印象はない。  事実を並べるだけの冷めた口調に、コルジリネは目を細めた。 「不満があるなら言え。こそこそと嗅ぎ回られるのはごめんだ」  言語を戻したことで、騎士達が表情を固くする。この平民が何か要求でもしたのか。不遜な輩め、そんな視線を受けてアスカは溜め息を吐いた。 「不満というか、不公平だと思っただけだよ」 「何が欲しい?」 「衣食住揃った職場」  この世界で生きていく覚悟は決めた。戻れると思わないし、戻りたくもなかった。だが、食べ物と住む場所、清潔な衣服は確保したい。あまりにも普通な申し出に、コルジリネは探るような視線を向け……ふっと緊張を解いた。  なんのことはない。彼はこの世界に対して害意はなく、ある程度の水準の生活がしたいだけだった。日本での知識を使って、チート展開などされたら、国の文化が台無しになる。皇太子として、それは防ぐべきだろう。 「皇太子の侍従はどうだ? 衣食住揃って、安全も確保される。作法だけ覚えれば、日本人なら簡単だ」 「……っ、やった! よろしくお願いします」  ぺこりと頭を下げた現金なアスカに、コルジリネは内心で安堵していた。どうやら婚約者が心配した不穏な展開はないようだ。新しい国を興そうと考えさせないため、環境を整えてやればいいさ。
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