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94.用意されていたドレス
駆け戻った辺境伯領は、穏やかな日常が続いていた。エキナセア神聖国から流入する移民の大半は、タンジー公爵領へ向かう。国境そのものは接していても、街道を歩けばタンジー公爵領へ続くためだ。
故郷が無事なことに安堵の息を吐き、手を振る領民に応えながら屋敷へ馬首を向けた。飛び降りて、シオンや両親と再会する。ここ最近の事情をかいつまんで説明すると、すでに結婚式騒動は届いていた。
「ここも、そこまで田舎ではないわ」
ころころと笑う母に、ティアレラも苦笑いするしかない。辺境といっても、王都から一日半の距離だ。馬に乗ればすぐだった。馬車で移動する無駄を嫌うのが、辺境伯領の一家だ。一緒に暮らして染まったシオンも同様だった。
「すぐに王都に戻るのか?」
「いえ、花嫁衣装を用意して戻ろうとかと……」
すぐには無理かもしれないが、母の衣装を手直しする手もある。そう告げた娘に、父はにやりと笑った。
「安心しろ、シオンと婚約した時に用意させた」
かなり前から十分すぎる準備をしている。母が促すので、四人で一緒に奥の部屋に向かった。普段は使用しない客間中心の一角だが、その中にドレスは飾られていた。隣にシオンの衣装も用意されている。色は柔らかなオフホワイトだった。
「偶然なのかな、この色」
白に限りなく近い、でも柔らかな印象を与える色だ。生成りと呼ぶほど色は濃くない。涙を薄ら浮かべたティアレラに、母は「忘れちゃったのね」と微笑んだ。
ティアレラが剣術を習い始めた幼い頃、母は心配した。辺境伯家の嫡子であっても、婿養子を取るのだからと。女の子なのに大きな傷でも作ったら困る。外から嫁いだ貴族夫人らしい心配に、娘はけろりと言い返した。
戦えない領主に誰がついてくるのか。民を守るのは、辺境伯家の血を引く私の義務であり、剣を握るのは権利です。大人びた口調で、まだ剣の重さに振り回される少女が言い放った。
女性が強くなることの弊害を語った母に、ティアレラは笑顔で一つの約束をした。白いドレスで結婚式がしたい。だから用意しておいてくれ。必ず似合う女性になるから、と。
「そんな約束したかしら」
「ええ、他の色がいいと話しても、絶対に白じゃないとダメだと言い切って」
「譲らなかったな」
懐かしむ口調で父に被せられ、ティアレラは反論を諦めた。まったく覚えていないが、前世の記憶で「ウェディングドレスは白」と口にした可能性はある。この世界で、そういった概念はなかったのだから。
「こうして白いドレスの似合う娘に育ってくれて、安心したわ。幸い、シオンがサポートに適正のある人で、いい夫婦になりそうね」
両親の祝福に照れながら、ティアレラは白いドレスに触れた。丁寧に織られた柔らかな絹は、純白ではないからこそ温かく感じる。その上、日焼けした肌によく似合う気がした。
「ありがとう、父上、母上」
幸せになる。そう付け足した娘に、二人は満面の笑みで腕を伸ばした。家族で抱き合う状況で、ティアレラは母に触れる左手を離す。
「ほら、シオン。ここだ」
お前の居場所だぞ。手招きし、母と自分の間にシオンを挟む。四人揃ってこそ、カージナリス辺境伯家なのだから。
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