第二章 江戸の狐の恩返し

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 雪の中を、慌てたように律は立ち上がる。  ひとつに束ねた長い黒髪が、背中の中心に向かってさらりと()れた。 「律……」  おずおずと碧葉は律の名を呼ぶ。  律は少し迷いながら、言葉を探した。 「碧葉、さ、ん……」  しいっ!   双子が神妙(しんみょう)な顔をして、口の前に人差し指を立てる。 「さん、とは呼べないお侍」 「様、と言わなきゃ斬られるぞ」  こわい、こわい。  きゃはははは!   きゃはははは!  わざとらしく騒ぎ立てる双子に向かい、碧葉は躍起(やっき)になって抗議した。 「な、何を言うか、私はそのような、乱暴者ではない……っ!」  そのやりとりに差し込む律の高く澄んだ声、目に飛び込むのは(はじ)ける笑顔——。 「……碧葉様!」  慣れぬ草鞋(わらじ)履きの足を雪に取られながら、律は一心に碧葉の元へ駆け寄り、全力で抱きついた。 「碧葉様、碧葉様、碧葉様……っ!」  呆然(ぼうぜん)と口を開け、碧葉は棒立ちになる。  律はまくし立てるように言葉を浴びせた。 「僕、ずっとずっとずっと、お礼が言いたくて……! 今までも、それに今夜も、助けていただいて……本当に、本当に、僕は……僕は、碧葉様が大好き……大好きです……!」  小さな子狐も、今やその姿形(すがたかたち)は美少年。  あまりに真っ直ぐなその言葉に碧葉の顔は赤らんで、返す言葉が出てこない。  それでも心は久方ぶりに高揚(こうよう)し、まるで母の愛に包まれた子どもの頃のように——深く満たされていた。
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