第二章 江戸の狐の恩返し

30/33
前へ
/110ページ
次へ
「……真白様」 「……決まったか」 「律——。子狐の名は、律と……」 「ほう……律、とな——」  相分かった。  真白は微笑みながら頷くと再び子狐に向き直り、高らかに言祝(ことほ)ぎを紡いだ。 「……人より名を得て人になれ、己の名に(たい)(あらわ)せ、そなたは望まれし者——(さきわ)え、律よ!」  宙に浮く子狐の体から吹き出すように光が溢れ出し、あまりの眩しさに碧葉は腕を顔前にかざす。  圧倒的な光、その中で子狐の姿は、おぼろげな輪郭だけになった。 「……!」  全ての言葉を忘れ、ただ見守る碧葉。  ゆらゆらと揺れながら、光の中で何かが徐々に大きさを増していく。  赤子のように丸まった体が少しずつ、伸びをするかのように広げられて——。 「ああ、わ、わ、わあああっ!」  驚きの声を上げる律の姿は、もはや子狐のそれではない。  やがて雪の上に崩れ落ちたのは、光そのものと言うに相応(ふさわ)しい、美しき少年だった。  年の頃は、武士で言えば元服(げんぷく)前の十二、三あたりだろうか。  身を包むのは平安装束の水干(すいかん)(くく)(ばかま)で、そのどちらも子狐の毛並みに似た山吹色(やまぶきいろ)をしている。  かつて鼻下の毛色がそうであったように、瑞々(みずみず)しい肌は抜けるように白い。  黒目がちの潤んだ瞳と真っ直ぐ通った鼻筋には、どこかあの愛らしい子狐の面影が残っていた。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加