第二章 江戸の狐の恩返し

32/33
前へ
/110ページ
次へ
 律の言葉は続いている。 「碧葉様、(かあ)さまがいつも言っていました。優しいあの(かた)にいつか、恩返しをしましょうねって。元気に……な……って、一緒に、恩……返しを……」  律は碧葉から身を離すと、慌てて目をこすった。 「嫌、だ……何だろ、目から、水が……息、も……苦しい、金星ちゃん、銀星ちゃん、僕の、体……壊れて、る……?」  金星ちゃん…?   銀星ちゃん…?  うふふふふ、とくすぐったそうに双子が笑う。 「壊れてない。ね、銀星ちゃん」 「壊れてない。な、金星ちゃん」  真白は律に向かい、(うなず)いてみせた。 「それは律、涙というものじゃ。人は様々な思いが(あふ)れると……それを涙に溶かして、泣く」  律は、泣き笑いのような顔で碧葉を見る。 「涙……。人の、心は……忙しい、ですね、その、ごめんな、さい、碧葉様……」  碧葉は律の肩にそっと手を触れた。 「案ずるな、律。泣きたいのなら——泣いたらいい」  律は(すが)るように碧葉を見上げ、胸の前でぎゅっと指を組む。 「でも……でも僕は今、泣きたく、ないです。碧葉様に、御心配を……掛けたく、ない……」  律の言葉に碧葉は思った。  涙、か。  私が最後に涙を流したのは、いつだったろう。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加