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さて。
雪深い川澄の地には古より人々が身を寄せ合い、慎ましやかな暮らしを営んでおりました。
なれどその頃はまだ、人と申せば地に生きる弱き獣のひとつ。折に触れて荒ぶられる龍王様には、深い畏れの念を抱いております。
ひとたび水枯れや洪水が起これば、人は己らの中から選んだ贄さえ捧げながら、ただ一心に龍王様をお祀り申し上げるばかり。
生きることは祈ること。
祈ることはまさに、生きる赦しを龍王様からいただくことでございました。
けれどもやがて、そんな人どもに与えられし、とある作物の種が——遥か海を越え陸を伝い、遂にここ川澄にまで齎された「稲」が——移ろい易い山河の恵みに身を任せるばかりだった人の暮らしを、大きく変えたのです。
次の年も、また次の年もきっと、この命を繋げてゆける。
人の心に希望という灯りが灯ったのだと……そんな風に申し上げても、決して大げさとは言えぬでしょう。
とは言え御存知のように、稲は多くの水を必要とし、天候に出来高を左右されしもの。
まさに龍王様の手の内にあるような作物でありましたから、人々が一層龍王様への信心を深めたことにも何ら不思議はございません。
変わらず己を崇める人の姿に龍王様は大層御満足され、その返礼として時には人の祈りに応えて恵みの雨をお降らせになることもあり——。
人と龍王様との穏やかな蜜月には、白龍と黒龍も安堵の胸を撫でおろしたものでした。
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