2 深淵の過去

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 やはり、そうか。そういうことか。  内心、そう思いながら暗闇の中を凝視していた。  呼び声に応じてみれば、いきなり視界を遮られ、拘束魔法によって手足、翼と尻尾を抑えられ、ピクリとも動けなくなってしまった。  以来、尋常じゃない速度で【原点】の魔力が吸われていっていた。  だが実質、無限に等しい魔力量だ。魔族の一世代――千年万年ゆくほどの寿命持ちだが――それでも使い切れぬほどの力に『底』なんてないのだから、そこは問題ではなかった。  本来の問題は、この暗闇の中で私を捕えられるほどの拘束魔法が展開されていることだった。翼や尻尾、足を動かそうにも、微動(びどう)だにしなかった。  それだけ強力な魔法を展開できるのは――しかいない。ソイツもこの世界に来ていたのか。  ……正直、『罠』だということは分かっていた。  分かってはいたが……あの呼び声を放置してしまえば、世界に影響が出てしまう。  それが、【原点】となった今でも逃れられない、脱却しきれていない制約(ぶぶん)だった。  だからこそ、こんな荒技じみた方法で私を捕えたのか。  魔王とやらに召喚された私はそう確信した。  しばらく……むしろ、長い時間が経ったような気がした頃。  いきなり目隠しが外された。  久方ぶりの光に目をしばめると、の声がした。 「――くっはははは! 俺の目論見は間違っていなかったなぁ! まさかボロクソに世界を破壊しまくってたテメェが、人間のお嬢様とのうのうと暮らしてたなんてなぁ……随分落ちぶれたなアルシエル!」  目を開くと、その目の前にある祭壇の上に、ソイツはいた。  白髪で、赤い目を持った、長身痩躯の男。  その魔王は……『魔王』などと言う、そんな生温(なまぬる)い存在ではない。  ソイツは全ての悪魔の祖。  世界の破壊を望んだ、創世の神たる存在にして――の『実父』。  その顔を、忘れたことはない。 「サリターン……」  ギシッ……  縛られて宙に浮かされた状態で、目の前の男を睨む。  黒い衣装に身を包みつつも、黄金の呪具を飾り付けている、もふもふな黒い尻尾を生やした姿を。 「呼び捨てなんて失敬なガキだな。前みたいに『父様』って呼べよ。“しーちゃん”」 「……そのあだ名で呼ぶな。糞爺(クソジジイ)」  大切な人から、親しみを込めて呼んでいた名を口にしたサリターンに、殺意を向けた。  派手な音が鳴り響いて、柱と壁、天井に大きめな亀裂が入る。周りの魔族どもが、それに驚いて震え出す。  ……だがそれでも、この鎖は千切れそうになかった。 「チッ」 「ステキな代物だろぉ? テメェを捕まえるためだけの拘束魔法だ。捕まえてもすぐに破っちまったらいけねぇだろうに」  そう言ってサリターンは鎖の一つを撫でる。  その仕草だけで、その鎖に魔力が込められて、強度が増したのを感じ取れた。 「こうやって魔力を込めりゃ、鎖の強度は増してくんだ。だが、ただ強くなるんじゃない……」 「……私の【原点】の魔力とこの鎖は癒着(ゆちゃく)していて、そこから吸収と強化をしているんだろう」  これは長らく吸われていた影響で、仕組みが分かったからだった。  そう遮って答えると、サリターンはあからさまに顔を歪める。 「んだよ……分かってたのかよ」 「無知なわけがないだろうが。若作り」 「あーあー、つまんねぇの……」  サリターンはそう言って、不快そうな表情を浮かべていた。  だが、その表情が一変して、邪悪に笑った。 「でも、だからっつって状況が変わる訳じゃねぇ。テメェを取り込むのはできなくたって、テメェの無尽蔵の魔力を利用するこたぁできんだよ。  代わりに、『魔王』アルシエルを名乗るには十分だ」  じゃーな、『最弱者』クン。  そう言って、周りの魔族たちと共にこの地下からサリターンは去った。  ゴンッ!  背後に扉があったのだろう。音が大きく聞こえて。  二度と、その扉が開かれることはなかった。
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