2 深淵の過去

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 その日。  魔王城に異常事態が発生した。  上空にいきなり、魔王城をすっぽりと覆い尽くせるほど巨大な魔法陣が出現し、それが回転するように動き出したからだ。  ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると。  魔法陣が歯車のように回転していくと、魔族の一人に奇妙なヒビが入った。  しかしそれは一瞬で、あっという間にその魔族は(ちり)と化して消えた。  それからは連鎖するように、魔族たちは次々に(ちり)となって消えていく。魔力を存分に使って上手く維持しようとする者もいるが、ただの先延ばしにすぎない。その者も容赦なく消えていった。  サリターンはこの現象を唖然と見つつ、この魔法に心当たりがあった。  『時間超加速』の魔法。  単純に時間を先へ先へ加速させるだけだが、それは恐ろしいほどの脅威を振るう魔法だ。  対象を生き物や建造物などに当てれば、その加速で一気に肉体が老いて、最終的に骨も残さずに(ちり)となって消える。  そんなものは超高等レベルの魔法で、対象は多くて三~四人程度しかできない。  ここまで大規模で、誰にも気づかれずにできるのは……アルシエルしかいない。確実にそうだと思った。  元々、アルシエルは『原初』を冠する悪魔でありながら魔法を扱えず、魔力も知性もない弱者。それも普通の悪魔ですら負けてしまうほどの『最弱者』だった悪魔だ。  だがその貧弱な身に宿していた『悪魔の本能』はずば抜けて強かった。それを糧に同族を食い、滅ぼし、そして知性をつけていった末が、今のアルシエル。サリターンが、人間で言う英才教育を施したおかげというのもあるが、あの『最弱者』が『最強』になったのには、当時のサリターンは感心していた。  ……その真意は、手塩かけて育てたアルシエルを喰らって、かつての地位へ戻るという計画があった故の感心であった。  しかし、そのアルシエルが『根源』を喰らって《始祖》に手をかけたあの時は、本当に肝を冷やした。世界の創造主たる彼を殺せば、その世界が消滅するのは当たり前。それだけはサリターンも避けたかったのだ。  結果、何者かの手でアルシエルは封じられ、世界は安泰になったのだが、それはサリターンの計画破綻したのと同義だった。捕食対象のアルシエルが封じられれば、元の子もないからだ。  計画破綻後のサリターンは現世に顕現し、無作為に世界に戦争を仕掛け、略奪と占領を繰り返した。そうして築き上げた地位が今だった。  ただ同時期に、どういうわけかアルシエルが封印から逃れ、無作為に破壊する事態が起こったわけだが……一定まで世界を破壊したアルシエルはどういう方法を使ってか、別の空間へ消えてしまうので捕えることはできず、煮湯を飲まされる日々が続いていた。  そうして過ごして、何千、何万、何億年経った頃。あまりにも暴れすぎた影響で『サリターン』の名では活動できなくなった頃に、それは起こった。  アルシエルが、この世界のシェルハル王国のとある貴族の家にいるという情報を得たのだ。  情報を提供したのはこれまた意外にも、その貴族の家に住んでいるという娘だった。  その娘には出来損ないの姉がいて、どういうわけか楽しげに離れというものに向かうことが多かったという。娘は、そんな姉の様子を見て『出来損ないの癖に生意気』と思ってこっそり後を追った。  追った先に……離れで姉がアルシエルと楽しく会話していたのを見たという。  初めはアルシエルの姿に恐怖して、後になんであんな楽しげなんだと酷く嫉妬した娘。  どうにか引き剥がせないかと試行錯誤している時に、その娘は――魔族を寄せ付けない結界の影響を全く受けない、元創世の神であるサリターンと鉢合わせしてしまい、命欲しさでその情報を提供した。  ……代わりに、シェルハル王国に展開されている“聖女の護り”という結界を解いて、サリターン直属の配下を送り込むことを条件に。  そうしてサリターンはまんまとアルシエルを捕えることに成功し、その無尽蔵の【原点】の魔力を使って、この十年近く、『魔王・アルシエル』として活動していたのだ。  実質、アルシエルの力を取り込んだ(奪った)も同然だった。  そうしてまた、創世の神だった頃の、最高神の地位に戻れると確信を得ていた――というのに。 「あんの……クソガキがぁああああ‼︎」  体にヒビが入り、崩壊していく様を見て……最後まで自身の邪魔しかしない『息子』に対して、サリターンは怒声を上げることしかできなかった。  アルシエルが深い眠りに就いたその日。  『』ことによって発動した魔法によって、魔王軍は滅んだ。
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