2 深淵の過去

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 それからしばらく経って。  祭壇の上で、泣き疲れて眠ってしまったクロアを抱っこしつつ、階段の辺りでゆっくり座っていた。  もちろん、クロアが冷えないように二枚の翼で包み込んで。 「……はぁ……」  だがクロアが眠った直後からか、どうも体調が良くない。未だ頭の芯から熱が籠ってしまっているような、だが体の方は吹雪が吹いているんじゃないのかと錯覚するほどに震えてしまっているという、そんな感覚が続いている。逆に、クロアの体温があったかいと感じるほどに。  つまるところ、私、生まれて初めて熱を出しました。  初めての体験に感動は少ししちゃったが、想像以上に苦しいのでそんな感動はすぐに粉微塵に吹き飛んだ。  普通にキツい。人間が熱を出した時に布団に潜って、熱くなった頭を氷枕とやらで冷やしているのを見たことがあったのだが……それが痛いほど良く分かった。 (だるい……重い……寒い……頭は、熱いのに……)  あまりのアンバランスさに、目眩すらしてしまう。座って微動だにしていないのに、ぐるぐると目が回っているように錯覚しまくっている。  ここには布団もなければ、氷枕もない。クロアが起きた時、まだ体調が改善されなかったらと考えると……こんな状態で、立って歩けるだろうか。  それまでの短時間に、なんとか治さないといけない。  というか、水が欲しい。喉が渇いた。 「…………水」  あまりのしんどさに思わず、そう呟く。呟いたところで、必要な素材を揃え、魔力を込めて魔法を発動させなければ、なんの意味も無い。  これがうまく出てくれればな……、なんて夢物語気味に考えていると。  ちゃぷんっ  そんな音が鳴って、目の前に球体の水が出現した。 「……」  思わず固まったものの、喉が渇いていたのでその球体状に浮いている水に口をつけてそそくさに飲んだ。こくこくとゆっくり飲んで、なんとか潤った。  ……自分でやっておきながら、一番に驚いてしまった。こんなこと、今まで出来るようで出来ないはず。  いつもは魔法を常に展開させて、いらない物置などを多種多様な物へ錬成することが多かった。  離れに住み着いていた時に、壊れた物品や部屋を直したり、いろんな食材を使って錬成していたのがいい例だ。あれと防音の魔法で二年も隠れて過ごせていた。  そうやって物を使って錬成していたのだが、今は、『言霊』一つで物を錬成できる……いや、これはというより、だ。  完全な無から、物質を作り上げることができる、《始祖》を上回る力そのものだった。  まるで……あの時の“白い神”のように。  これが、『陰陽の根源』を全て取り込み、本当の意味で【原点】となった影響だろうか。 「……」 「んぅ……」  そうこうしているうちに、クロアから声が上がった。  顔を向ければ、目が覚めたばっかりのクロアの顔とバッタリ合った。 「あ、あぁ……うっ」  顔を見た途端、またクロアは泣きそうな顔になった。 「おーい、まだ泣き足りないのか? 流石にこのままでは脱水状態になってしまうよ?」 「うっ、ううん……違うの」  首を傾げると、クロアはまた泣きながら言った。 「っ……夢じゃないんだって、……本当に……しーちゃん、なんだって……嬉しくて、嬉しくて……つい……」  って、言った。 「……全く、クロちゃんは泣き虫だな」  軽く熱が吹っ飛んだわ。  事実、頭の熱と体の寒気が綺麗になくなっていた。今なら真面目に世界一周が出来そうだ。  なんて確信めいたことを思いながら、ハンカチを出現させてクロアの涙で濡れた顔を拭いていく。 「っんもぅ~。なんか、からかわれてるみたいなんだけどぉ……」 「ははは」  そうして笑い合う。昔に戻ったようで、お互いに嬉しくなる。 「……しーちゃん」 「ん?」 「また一緒にいられて、良かった」  そう嬉しそうに言う彼女の言葉を言って。 「うん。私も、幸せだよ」  そうして、二人で抱きしめ合って、また眠った。 「まあ、いろいろ知りたいことがあるかもしれないが……」  また眠って、起きて。  ようやくこれからのことを話し合うためにはまず…… 「どこかの村へ行って衣食住を整えるか。話はその最中で」 「さんせーい」  話し合いもへったくれもなく。  こんな残骸まみれの魔王城にいられないので、移動することにした。  止まってしまった時間が、ようやく動き出した。
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