3 本当の元凶

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「んなわけなくて、自分たちの方から自滅していってんのにねぇ……お花畑って怖いねぇ? カーラちゃん♪」 「はい♪ サリターン様♪」  そうして、その男とカーラは抱き寄せていた。 「カ、カーラ……? その男は、誰だ……? ち、父上と母上をどうしたのだ⁉︎」  ウルドはこの王室の現状を受け止めきれずにいた。  クロアを追放して一週間。ウルドはそれまでずっとカーラと愛し合い、様々な贅沢をした。  これから平和になりますね、と。淑やかに話すカーラを見て、ウルドは安心し切っていた。  そして今日。朝起きたら異様なまでの静けさに不審に思い、自室から廊下に出れば、兵士どころか使用人すらいなかった。  誰もいないことに対して不気味に思いつつ、国王にこれはどういうことかと抗議しようとして……  起きた時にいなかったカーラが……ウルドよりも美形で、もふもふな黒い尻尾を持ち、白髪の、長身痩躯の男と寄り添っていたのだ。  それも、国王と王妃が座るべき玉座に、我が物顔で座って。 「あらぁ、ウルド様ぁ。おはようございますぅ」 「い、いや! 今、挨拶はどうでもいいだろう⁉︎ それより……父上と母上は何処へ行ったんだ⁉︎」  カーラの昨日までの淑やかさはなく、まるで欲しがり少女のような、ねちっこいという全く違う態度に苛立ちながら、ウルドは怒鳴った。  しかし、カーラはその問いに答えずに、こう言った。 「あは。そんな人達いましたかぁ? ねぇ、サリターン様?」 「あー……そんな奴ら、いたような気がするなぁ? すぐに喰ったからあんまり覚えてねぇけど」 「は……? カーラ、今……なんと言った……? サリターンって……」  ウルドがその名前と、とんでもない発言に激しく動揺していると、白髪の男が答えた。 「おー、そうだぞぅ人間。ってかさっきっからカーラちゃんが名前言っちゃってたのになぁ……まあいいけど」  なんて軽く言いながら、男は玉座から立ち上がって名乗った。 「初めまして、ウルド・シェルハル。私が魔族の長、万物を滅ぼす創世の神だった者。サリターンだ」  以後、お見知り置きを~。と、簡単に自己紹介したサリターンにウルドは絶句し、恐怖した。  邪神サリターン。  神話の中で、同族である神々や配下である天使たちを消滅寸前まで酷使させ、よく自身の領域を広げて支配権を得ていた最低最悪の、創世の神だった神であり。  堕天後、あの『原初の悪魔』という……史上最強の、創造主でも手に負えなくなった化け物を生み出した、悪魔の祖。  そんな悪魔のような神が、なんでここに⁉︎ 元凶であるクロアは追放したはず……‼︎  その事実に、ウルドは絶句していた。  それもそうだ。  元凶であり罪人であるクロアを追い出して、『石碑』を動かす者はもういない。脅威なんて迫ってもいつも通りに全てを護り、近寄らせない結界は無事に機能している。  それなのに、一番の脅威たる魔王でもあり邪神でもあるサリターンが、平然とした様子でこの場にいるのは確かにおかしな話である。  まるでその思考を読んだように、サリターンはニヤニヤ笑いながら言った。 「知っての通り、俺は堕天してても神だからなぁ。神に、神の使いでもある聖女の結界なんざ、なんの影響も無く通れるに決まってんだろ?  ……まあ、配下は通れなかったから、カーラちゃんを使って兵士どもを催眠状態にさせて、俺がちょくちょく動かして国に入れるようにしたんだがな」  そうしてゲラゲラと笑い、顔が真っ青になった王太子の顔を見て、邪神は思った。  まさか分からなかったのだろうか? と。  あんな証拠写真なんて、クロアとよく似た人間と男たちに大金を渡して鳴きまくっている様子を魔法で紙に転写しただけの、きちんと見ればバレてしまうほどのお粗末なモノだ。  本気で相手のことを思いやっていれば、こんな事態は起きなかっただろうに。  まあ、カーラ以外にもお遊びで女と付き合いまくっていた、だらしのない男らしいので仕方がないか。 「……カーラが……邪神を、手引きしていた……だと……? あ、あれはックロアの仕業だろう⁉︎ 知った風なことをいうな堕ちたクソ神めが‼︎」  そう怒鳴る。  やはり分かってなかったようだ。単純思考で助かるが。  サリターンはそんなことを考えていたので、その暴言を無視して、また笑い出した。 「くっははははははははは‼︎ おもしれぇガキだなぁ‼︎」 「ぷっふふふふふ。確かに、本当に面白いですねぇサリターン様~」  二人して、ウルドを馬鹿にしたように笑い転げていた。  訳がわからないというようにウルドがオロオロしていると、サリターンが続けた。 「あのなぁ。あのクロア・アルミダが悪逆非道だったーっていうのは、全部カーラがついた嘘だったんだよ。より信じやすくするために、俺が直々に手間を加えたし」 「は? うそ?」  虚言だったと言うと、ウルドは青から白に変わる。  ころころ変わって面白いなぁ~、なんて面白おかしく思っていると、それに続いてカーラが言った。 「ええ、そうそうそうですよぉ。お姉様をこの世から抹消するためのウソですぅ。  あんな女に与えられた宝石やドレスなんか、ぜぇーんぜん似合ってなくて相応しくなくて、ドレスも宝石も可哀想だと思ったから私が貰ってあげてたのに。優秀じゃなくて、不幸を呼びまくっている出来損ないらしく、持っているものを大人しくぜーんぶ差し出し続けていればいいのにさぁ。  だーいすきになっちゃった人を奪いやがった、出来損ないの他人さんは、この世から消えて当然ですからぁ。自業自得って奴ですよぉ」  ウッキウキに、姉を葬ってやったというカーラは嬉しげだった。  実の姉に対してこの仕打ち。  自分のために世界は動いているんだと考え、欲しいもののためならなんでもやる。姉を「愛されていない」と罵り、見せ付け、蔑み奪っていった愚妹(ぐまい)。  そして……唯一、クロアから奪うことができなかった、の存在によって本当の意味で狂ってサリターンと手を組んでしまった娘。  そんなカーラの本性を、今の今まで知らなかったウルドは随分呑気なものだった。  ……確かに、あのアルミダ公爵家はクロアが生まれた辺りから不況続きだった。宰相(さいしょう)の職についていたものの、同時に領地を治め商会の運営も多少行っていた分、その不況は痛いところがあったのだろう。  それらが全て、クロアのせいにしていたということだった。全ては、様々な役職を抱え込みすぎたことによる、機能不全だというのに。  その最中にカーラが生まれ、その直後に治ったことからカーラは神の申し子だのなんだのと甘やかされ、クロアのあたりはさらに酷くなったという。  その片鱗は、ウルドと密会していた頃にも見られていたのでどうかな、なんてサリターンは考えていたが……スケベ思考だったウルドはそんな諸事情よりも、カーラというに夢中だったので、結果オーライであった。  あったが…… (女の体に欲情してんの……気持ち悪りぃなぁ)  堕ちて邪神になったとしても、元々高貴な創世の神だったサリターンからしてみれば、生理的に受け付けられなかった。  今でも純潔は律儀に守っていたりする。 「つーわけで、ヒトっていうのはこーやって残酷なこと考えつくわけだからなぁ。でも、七股スケベくんにとってはいい思い出だったかなぁ?」 「ウルド様は元気いっぱいいっぱいですからねぇ。なかなか強烈でしたわぁ~」  なんて指摘してカーラがそう言うと、ウルドがひゅっと息を呑む声が聞こえた。  バレてないとでも思っていたのだろうか。本当に王太子なのかと疑ってしまいそうだった。一時的とはいえ、カーラもクロアもよく付き合ってられたと、サリターンは密かに感心した。  それはそれとして、話がこのまま脱線してしまいそうなので切り替えよう。 「っていうかいいのかぁ? 優秀な衛兵どもを犯罪に加担したからっつって追放しちまったらしいが……戦力を減らしちまったことに気づいてんのかぁ?」 「何……ッ⁉︎」  真っ白な顔をしながら、ウルドは目を見開いた。 「あれがカーラの虚言だっつっただろ。そうすりゃ、あいつらも無実だしぃ? 追放する必要ねぇよなぁ?  ここまで説明しておいてなんだが、自分の方から窮地に追い込まれてるっていう自覚ねぇのかなぁ?」  わざわざ律儀に説明した時、ようやく全てを理解したウルドは真っ白な顔で口をぽかんと開けていた。それを見て、カーラは笑い堪えている。  本当にこの男は何も知らなかったらしい。最早、一周回って呆れてしまう。  すると、 「……出鱈目(でたらめ)だ……ッ! そんなことを、カーラがするわけないだろう……ッ‼︎ 全部、貴様がやったことだろう⁉︎ この悪しき神がッ‼︎」  わー、盲目に信じてるのすごいなぁ。半分事実だけど。  だが気付くことはいくらでもできたはずの杜撰さだ。自分でもだいぶ手を抜いたと実感するほどレベルで気づかないのは、とんだポンコツぶりだった。  それにわざわざカーラが自白しただろうに。何を聞いていたのか。 「カーラちゃんがやったって言ってたのに……そのご都合主義の脳みそと耳どうなってんの? スポンジとチクワでできてんのかお前」 「そうですよねぇ。流石に私も……引きますわ……」  カーラが、軽蔑したような目で、ウルドを見た。 「え……そ、そんな……嘘だろ? カーラ……それは、この神に……言われて……」 「そんなわけないでしょう。馬鹿なんですか? だから国の滅亡を招くんですよ」  相当嫌だったようで、本気の声音(ガチトーン)でカーラはウルドに言い放っていた。  ありえないほど冷たい目を見たウルドは、お花畑から完全に目が覚めたらしい。力なく崩れ落ち、床に膝をついた。 「おーや? もう立てねぇのかな? しかも小便まで漏らしやがって……あーあー汚ねぇなぁほんと」 「あらら。どうしましょうかぁ?」 「んー、カーラちゃんは下がってていーよ。どうせ丸呑みだし」 「はーい」  何の話をしているのか。ウルドが疑問を口にする前に、サリターンがウルドに向けて屈んで答えた。 「ここにいる王族はコイツで全員だなぁ……  あのクソガキのせいで片腕がねぇんだ。少しは足しになれよ」  地獄の底から響きそうな低い声でそう言った。  刹那。 「あ、ッ」  真っ黒な影に、ウルド・シェルハルは喰われた。        ◆ 「あー、不味い肉だなぁ。王族なんだからもう少しいい味してると思ってたんだが」 「ですけどサリターン様ぁ。腕が戻ってますよぉ」 「ん、まあ。これだけでもマシだと思えば良いか」  一週間ぶりの腕の感覚に違和感を覚えつつ、慣らすために動かして確認する。  あの『時間超加速』の魔法からギリギリ逃れることができたものの、まだ復活には時間がかかる。  また時間をかけなければならないことに苛立ちを隠せないが、それはそれでもういい。  新しい玩具(おもちゃ)を手に入れたのだから、それで無聊(ぶりょう)(なぐさ)めよう。  その最中で、力を取り戻せば良い。 「サリターン様ぁ。あの『石碑』どうしますかぁ?」 「あー、破壊しとくか。一応、ここを新たな魔王城に作り替えないとなぁ」 「破壊し終わったら、記念にウルド様がお好きだったというワインでも飲みましょうか?」 「ほー、あの不味い肉が飲む代物かぁ……ま、試しに飲んでみるかな」 「はーい♪ じゃ、生き残った使用人に言っときますね~……あ、お着替えは必要ですよね。私は失礼いたしますぅ」  そう言ってカーラは王室から出ていく。 「……」  その姿を見て滑稽(こっけい)だなぁ、なんて考える。  彼女も、あのクロアという娘も、互いにアルシエル(あのクソガキ)に惚れ込んでしまっている。どんな理由があって、あんなバケモノに惚れているのか分からないからこそだいぶ(しゃく)(さわ)るが、これはこれで好都合。  アイツに関わる話題でちょこっと(そそのか)せば、あっという間にカーラは言うことを聞いてくれる。サリターンの、新たなカーラ・アルミダ(あやつりにんぎょう)だった。ここまで従順だと、使こちらも扱いやすい。  無言のまま、王室から見える景色を眺める。  王宮で何があったのか知らぬ人間たちが、わいわいがやがやと、楽しげに商売をしている。  しかし、この国の平和は、ここで終わりだ。 「さーて、侵略を始めようねぇ」  そしてその日。  シェルハル王国に、軍勢とも言うべき魔族の群れと、サリターン側についている《原初の悪魔》たちが現れた。  結界の加護はもうない。(かなめ)の『石碑』を破壊された今、魔族と悪魔を払い除けるものはもうなかった。  貴族、平民を問わず、皆虐殺され、奴隷として拉致されていく。  なんとか住民の避難を行い、敵を排除しようとして戦う兵士は、成す術なく殺された。  王族の安全を守るために派遣された残りの兵士が王宮にたどり着いた時、全てが判明した。  そこにいたのが、国を裏切った令嬢カーラ・アルミダと、魔族と悪魔の長であり祖でもある邪神サリターンしかいなかったからだ。  守るべき王族は、とっくにサリターンに喰われていた。そう悟った兵士たちはすぐさま逃げ出して、この国から出て行った。  誰もこの進軍を止めることなんて出来なかった。そうして一晩で、シェルハル王国はあっという間に滅んでしまった。  残ったのは街の残骸のみ。生き残りはなんとか逃げ延び、他は奴隷になったか、死んでいった。  先程まで国王と王妃がいた王室には、やはりサリターンとカーラ、そしてサリターンの配下である魔族と悪魔が数体。そして、カーラとクロアの両親も含まれていた。  カーラはワガママ令嬢でありながらその成績は良く、いつの間にか、父が行っていた宰相(さいしょう)の仕事と領地統一を行えるほどだった。才覚があることは本当だった。 「さて、サリターン様♪ 何なりとお申しつけてください♪」  恐怖に震えたままの両親を一蹴して、カーラは玉座に座したサリターンに膝を突き、命令を待った。 「そうだなぁ……城は手に入れたんだ。  ……お前と、俺のための、復讐の準備をしようか」  あのバケモノに、報復を。
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