2 深淵の過去

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 なんと甘美で、愉しい殺し合いだろうか――‼︎  《始祖》によって概念もろとも消されて死んでいるにもかかわらずに、そちらに思考を向けていた。  ああ、ついつい考え事をしてしまう。  細かい光の粒子になったそれがたちまちに集まり出して、再び肉体を再構築する。  本来なら傷すら付けられないはずなのだが、あえて肉体の強度を落としている。何故なら、再生するその感覚がとても甘く、快楽に満ちるのだ。  そう思い返した私は、眼前にいる――傷付いた《始祖》に目を向ける。  普段、《始祖》は感情を全く露わにしない。常に無表情で、一切の情も無く相手を断罪する。  なのに、私を目にするそれには驚愕の色とそれ以外の色が見えた。  恐怖の色はないはずだった。《始祖》が何かに対して『恐怖』することは無い。  だが驚くことはあるようで――そして『恐怖』していた。それがとても新鮮で面白い。何度も見ているが、飽きもしなかった。  こんなことを繰り返してどれほどの時間がたったであろうか。もはや《始祖》と対峙したあの瞬間が、ずいぶん昔のように感じる。  周りは荒野と呼ぶに相応しいほど荒れていた。  灰色の土が砂として舞い散る中、もう悪魔の同族の姿も、神々やら天使達やらの姿も見えなかった。  いや、この戦いの中に入れないだけ……  だと思われていたのだが、何故―― 「なんだ、お前」  視線をずらすと、不躾にこの戦いに介入した“白い神”の影が映る。  私の体を貫くそれは、その神が手にしている白い大剣。精霊か神でしか触れることが出来ないはずの聖剣だが……肉体の強度を落としているとはいえ、そんな程度の聖剣では貫くどころか傷一つつけられないはずだった。  ――直感で理解した。  この神は《始祖》の『血族者』。私と同じ、《始祖》を上回る存在だ。  神器に該当するこの聖剣を――本来の性能を完全に解放した状態で扱うことが可能だということか。  口の中に鉄の味が広がってごぽりと血を吐き出す。溢れた血はそのまま足元に落ちて、血溜まりを作った。  久方ぶりに血の味を感じた。例え傷を負っても瞬時に治ってしまっていたので、これはこれで懐かしく感じる。  その光景を見ても“白い神”は何も言わない。苦悶の表情をしているだけで、言おうともしない。  ああ、そうか。  それを見て私は、小さく頷いた。 「甘い奴め。そこで手を止めてどうする?」  そう言った時、“白い神”の顔はあまり表情が変わらなかったが、確かに驚いていた。間抜けたその顔を見て笑いそうになった。  “白い神”は確かに《始祖》を超越している存在。  しかし、外の世界を知らない坊ちゃんだった。だから、悪魔に対して情けをかけようとしている。  馬鹿な『餓鬼』だ。情けをかけて改心するなら、悪魔なんてとっくに絶滅しているわ。  ……と言っても、あえて加減している可能性はあるが。  貫いた聖剣を中心にパキパキと音を立てて、肉体が塩に包まれているのを見ながら苦く笑った。 「ただ、このまま敗北というのはなぁ……勝ちたかったなぁ」  まるで独り言のように呟き、もう一度(始祖)を見た。  落ち着いたようで、いつもの無表情に戻っているが、安堵の色が僅かにあった。  一瞬のうちに《始祖》は近づき、“白い神”を退かして聖剣に触れる。《始祖》に触れられた聖剣はその輝きを増し、一気に塩で包み込んでいく。全身を固められて、顔まで侵食していった。  ああ、これで眠らされるのか。  瞼が重くなるのを感じながらそう確信して――もう一度、言い残した。 「次に私が目覚める時、せいぜい世界が壊れないように気を付けろよ」  悪魔――『深淵ノ魔王』は封じられ、数多の世界はもう一度、神たる者――《始祖》によって創造された。        ◆  そうして――封印の『内側』で、封印の『外側』で、手を付けぬうちに。  何度も何度も、何度も何度も、『自分』という存在(モノ)が変異・再構築され、徐々に強くなっている間――  うとうとと。黒、その一色しかない空。透明な水で埋め尽くされた世界で、眠っていた。  いつの間にか、独りでいることに慣れてしまっていた。  でも、それはいつからだろう?  完全に封印されてからか。  数多のモノを壊してからか。  同胞を皆殺しにした時か。  戦争を始めた時か。  『王』になった時か。  ……あるいは、生まれた時から?  何故、私は悪魔という存在として、このような存在として生まれ落ちてしまったのだろうか。そんな疑問が常によぎっていた。  ずっと上を目指して足掻いてきたはずだ。ずっとずっとずっとその先を目指して、頑張ってきたはずだった。  でも、どう足掻いても。  生まれた時からあった、胸の中のぽっかりと空いたは埋まらなかった。  悪魔としての“殺戮衝動”でも、取り込んだ『根源』でも、は埋まらず。  埋まるどころか、余計なを感じるようになった。  あれから、一体どれほどの時間が経ったのだろう。  何回も何回も何回も、無限に脱走と封印を繰り返して……完全に興味を無くすまで、どれほどの世界が壊れたのだろう。  ただただ生きているこの現状。  もう生きるのに疲れてしまっていた。  でも、何度も何度も何度も、死のうと思って自害しても、肉体にも魂にも傷をつけることが出来ず、死ぬことも出来ない。  【原点】というものが、“神”というものがどういうものなのか、痛いほどわかった。  分かっても、とっくに手遅れだった。  だから、この世界から出ていろんなものを壊すことで、この身体の一番深いところで疼く『何か』を無くそうとしていた。無くしたかった。  ちょっと暴れるだけで、ちょっと障害物を退けただけで、面白いように世界が壊れていった。そうした後、『何か』が無くなるどころか、疼きが痛みとして変わるような感覚に襲われたのだが、私は壊すことをやめなかった。のめり込むように。依存するように。自分自身を締め付けるように。ぐちゃぐちゃに、何個も、何個も、何個も、世界を壊した。  これを永遠、延々、永久に繰り返す。繰り返し続ける。そうすれば、この痛みをのだから。  そうして一頻(ひとしき)り壊した後、この世界に戻る。それを無限に繰り返す。  ――本当にこれが……(オレ)が欲しかったモノ、だったのだろうか?  そうしてさらに時が過ぎ去り。あらゆる生物が劣化しきった時。全ての世界のほとんどが、壊れきった頃。  ……不意に眠気に襲われた。普段眠りに就くことも無くなったのに、何の前触れもなく眠くなってきた。  普段と違って、これに身を委ねてしまったら、もう二度と起きることは無くなると。そんな確信があった。  ああ、でも。もういいか。  死ぬことが出来ないのなら。永遠に起きることが無いのなら。このまま眠ってしまおうか……  だが――心残りがあるとするなら――  ――……このを、満たす方法を……    このぽっかりと空いた、を埋める方法を……見つけたかったな……  ふつふつと、意識が蕩け落ちるように。  まるで身体が溶けて、消えていくように。  目覚めることの無い、深い、深い、深い眠りに落ちていって……  気がついた時。 「お兄さん……どこから、入ってきたの?」  すぐ近くに、人間の少女がいた。
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