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「お兄さん……どこから、入ってきたの?」
呼ばれて下を見ると、そこにいたのは小さい小さい娘がいた。
(なんだここは? どこだ?)
ぐるりと見回しながら、一体化した『根源』から現状を把握する。
ここは別世界のシェルハル王国という小さな国、公爵邸の敷地内。本邸から一番近くにある離れ。その一室だった。
内装は立派な物だが元から使われていないのか、この部屋にある物は埃が被っていた。
そんな不衛生なところに幼い子供、それも少しボロい服を着た娘が一人。
明らかな、虐待だった。
(本当に、人間は……)
呆れた。感想はその一言だった。
呼んだ痕跡もなければ、魔法陣らしきものすらない。一体何の因果で私が呼ばれたのか、肝心の理由は『根源』で探っても全く分からなかった。
まあ、極々稀に奇跡を起こすことができる。それが『人間』という生き物だから、仕方がないのだが。
そんなことを考えながら、今一度少女と向き直る。
「どこからでもいいだろう。それより、どうした娘。こんなところにいるより、親のところにいたほうがいいぞ?」
分かってはいるのだが、少し茶化すように言う。
すると、その少女の顔が泣きそうに歪む。
「う、うぅ……ダメ……それ、ダメなの……」
「……何がダメなんだ?」
「今、戻ったら……父様と母様に、殴られちゃう……反省が足りないって、怒鳴られる……」
それだけ言うと、少女はあっという間に泣いてしまう。相当、親が怖いようだった。チラホラ見える痣が、それを物語らせた。
流石に泣き声を出されると困る。仕方なしに慰めた。
「あー……泣くな泣くな。これ以上泣くと、その親が飛んできてしまうぞ」
そう言いながら屈んで、あまりにも軽い少女を抱き寄せる。そうした子供が泣き止むのを見たことがあるからだった。
だが、予想を反して、少女から苦しげな声が出てきた。
「ゔ、ん……くるしい……」
これでも苦しいのか。もっと力を緩めないとダメらしい。
「ああ、すまない……これでいいか?」
「うん……苦しくないよ」
今でも十分緩めた力をさらに緩めて、少女を抱っこした。抱っこしつつ、部屋の端に移動して座った。
立ちっぱなしでもいいのだが、体勢的に座っていた方が少女の負担も一応は減るだろう。ただでさえ雪が降るほど外は冷え込んでいるのに、立ったままでは暖かくならないだろう。
そうして座ると、少女の震えが落ち着いてきた。
「全く、人間は本当に軟弱で、愚かだなぁ……だから、私のような悪魔に目を付けられるんだよ……」
遠目でぼやく。
もはや、本当の意味で『悪魔』を作ったのは『父』ではなく、人間ではないのか。
なんて、普段考えないことを考えていると、少女が声を上げた。
「ん……あったかい……よく分かんないけど、悪魔でもあったかいよ……」
「――」
言葉は出なかった。声が出ないほど、驚いてしまった。
見ると、少女は寝惚けながら言っていたのか、すぅすぅと寝息がしていた。
安心して私に寄りかかるようにして、ぐっすり熟睡していた。
でも、どういうわけか、先ほどの言葉に対して嫌悪感はまるっきりなく。
今まで埋まることがなかった『穴』が、初めて埋まった気がした。
「……」
言葉を発さず、創った使い魔を自分の影から展開させた。
それほど多くは出さず、十匹ほど出して見張らせる。そうしていれば、誰かがここに来た時に対処できるからだ。
(これなら、大丈夫だな……)
そう安堵して……そのまま眠ってしまった。
二つの寝息しか聞こえない離れの中。
まるで見守るように使い魔たちは主人と、主人にある感情を持たせた人間の少女の周りを巡回していた。
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