高原の風

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高原の風

 帰って来て本当に良かった。生まれ育った町は、やっぱりあったかい。  父の友人が経営するホテルでの仕事にも少しずつ慣れて、今は接客が楽しい。仕事を終えて寮に帰ると珍しく父から携帯に電話。次の休みには帰って来るよう言われた。お休みには言われなくても帰るのに……。  そして五日後。朝を少しゆっくり過ごして車で家に向かった。家に着いたのは、お昼少し前。 母が一人で忙しく食事の支度をしていた。 「おかえり。ほらほら手伝って」 「はいはい」  せっかくのお休みだというのに人使い荒いんだから。よく見ると茶碗が一つ多い。 「ねぇ、これ誰の?」 「あぁ、五日前から農場を手伝ってくれてる人のよ」 「へぇ、物好きな人も居るわよね。 何もこんな田舎に来なくても……」 「今、夏休みで卒論のために手伝ってくれてるの。四月からS大大学院で、農作物の品種改良とかを研究する人みたいよ」  その時、お昼の休憩に帰って来た父たちの車の音が聞こえた。 「ほら、お腹を空かせて帰って来たわよ」 「おかえりなさい」 「おっ、帰ってたか」 「お父さんが帰って来いって言ったのよ。忘れた?」 「ハハハ。あぁ、紹介しよう。今、農場を手伝ってくれてる諏訪君だ」  父の後ろに立っていた青年を見て……。 「えっ? 未来也さん?」 「えっ? あぁ、樋口農場って……そうだったのか」 「何だ、お前たち知ってたのか?」と兄。 「僕がバイトしてた喫茶店のお客さんだったんです」 「何で家で働いてるの? 建築の勉強してなかった?」 「建築?」 「だってマスターが、アフリカで井戸を掘ったり学校を造ったりって……」 「あぁ、マスターはアフリカっていうと井戸とか学校だと思ってるから。俺は農学部で暑さや寒さに強い農作物の勉強をしていたんだ。アフリカでは農作物の作り方を現地の人達に教えていた」 「そうなの。知らなかった」 「さぁさぁ、立ち話もなんだから食事にしましょう」と母。  その日のお昼は、父と母、兄と私、そして未来也さん。とても賑やかに話も弾んで。未来也さんの笑顔も久しぶり。 「さぁ、じゃあ行くか。莉奈、晩ご飯、楽しみにしてるぞ」と父。 「うん。任しといて。いってらっしゃい。気を付けてね」 「いってきます」と未来也さん。  外に出て、みんなを見送って、そのまま八月のやさしい高原の風に吹かれていた。  また会えるなんて思わなかった。もう生涯会えなくても不思議ではないのに。  運命? なのかどうかは分からないけれど……。  でも私の心の中に、さわやかな風が吹いたのは確かだった。      了 
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