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晴崎幸雄、37歳。生真面目で誠実さが取り柄の警察官。そんな彼には最近、悩みがあった。
ここ数日、愛娘のあかりの様子が少しおかしい、と。
何かを隠しているような言動であったり、突然慌てて家を出て行ったり。ほんの数週間までは全くそんなことはなかったので、なおのこと心配にもなる。
もちろん、娘が思春期であることは理解している。中学二年生にもなれば、父親に隠し事のひとつやふたつはあって当然というもの。下手に詮索すればあかりを傷つけかねないし、確実に親子関係が悪化する。
「……それでも、心配なものは心配なんだっ……!」
というわけで、あかりが挙動不審気味に家を飛び出したある日、こっそり後をつけることにした。もちろん妻には止められたが、半ば無理やり強行する形で。
一回きりだ。この一回で何事もなければそれでいい。何事もなかった場合、今日見たことは全て忘れてこれ以上の心配はしない。
逆に、もしも悪い大人に騙されていたりするようであれば……その時は全力で介入し、それをやめさせるだけだ。とにかく、万に一つほどの可能性でも、悪い心配事は消しておきたい。
「はぁ、はぁ……見失ったっ! あかりのやつ、我が子ながらなんて足の速さ……」
37歳、アラフォーとはいえ幸雄も警察官。最低限の体力は維持できるよう、筋トレや毎朝のランニングは欠かしていないはずなのだが、それでもあかりについていくことはできなかった。
だが、このままでは引き下がれない。今帰ったら、ただ息を切らしにきただけになってしまう。せめて娘の後ろ姿だけでも目に収めて帰らねば気が済まない。
どこからか大きな爆発音が聞こえてきたのは、まさにそんな時だった。
「な、なんだ⁉︎ 今の音は……一体、何が起きてる⁉︎」
普段生活していて、街中では絶対に聞くことがないような轟音。何事かはさっぱりわからないが、それを考える前に自然と幸雄の足は音のした方へ向かって走り出していた。
爆発事故か何かなら、巻き込まれて怪我をしてしまった人がいるかもしれない。娘のことはもちろん気がかりだが、今はそれ以上に人命が最優先。晴山幸雄とは、そういう男だ。
「どなたか怪我をした人はいません……か……⁉︎」
幸雄が走った先で見たものは、夢かと疑う光景だった。
目測でおよそ5、6メートルほどの、巨大な怪人が街中で暴れている。体表は全身が真っ黒で、鋭い眼光のみが赫く輝く。頭部には2本のツノのようなものも見られる。
それはまさに、ぱっと見は悪魔のよう。ただし、幸雄が驚いたのは、この巨大怪人に対してではない。
「そろそろ終わりにしてあげる! はあああああッ!」
その怪物と対等に渡り合う、一人の少女の存在に驚愕していたのだ。
ピンクを基調とし、白と黄色をサブカラーに使ったひらひらの可愛らしい衣装に身を包んだ、これまたピンクの長い髪をツーサイドアップにした娘と同じ年頃の少女。
どう考えても戦いに向いていなさそうな格好なのに、縦横無尽に動き回り、凄まじいまでのパワーで怪人相手に優位に戦いを進めていく。
「今だぁっ! プリティア・エクスプロードファインフラーーーッシュ!!」
パンチで相手をぶっ飛ばし、立ち上がるまでに出来たその隙に、少女は必殺技を撃ち放つ。
桃色の閃光が怪人を包み込み、ド派手に爆発したかと思えば、巨大怪人は光の粒子となりこの場から消滅した。そして何故だか、いつの間にやら戦いで壊れた道路や建物なども元に戻っているようだった。
「気分爽快! こころ、晴れ晴れ!」
そしてセリフとポーズでばっちり決める。どうやらこれにて完全決着のようだ。
「クク……やるじゃないか。次はもっと深い欲望のエネルギーをもってお相手するよ……!」
あと、怪人とピンク少女に気を取られていたせいで今の今まで存在に気付かなかったが、白髪に黒のメッシュの入ったメガネの美形が捨て台詞を吐いて、瞬間移動のように消えて行った。
察するに、あれが怪物を生み出した親玉……なのだろう。怪物がやられた途端に素直に引き下がったのは少々意外だ。
「なんなんだ一体……夢でも見てんのか……?」
次から次へと押し寄せる非日常の波。既に幸雄の情報処理能力はキャパシティの限界を迎えており、ただ茫然と眺めることしかできない。
しかしそれらのインパクトある非日常は、次の瞬間に塗り潰されることになる。
「……ふうっ。終わったぁ……お父さんとお母さんに心配かけないうちに、早く帰らなきゃ!」
「……っ⁉︎」
戦いが終わり、一瞬だが少女の周りに桃色の光が纏うと、姿が変わる……いや、この場合は、変身を解除して元の姿に戻った、と言うべきだろう。
見覚えのあるショートヘア、見覚えのある太陽のヘアピン、見覚えのあるウェア……その姿を彼が見間違うはずもない。
「あかり……?」
晴崎幸雄の一人娘、今年の4月から中学2年生の晴崎あかりであることを。
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