Prologue 娘は変身ヒロイン

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 晴崎(はれさき)幸雄(ゆきお)、37歳。怪物騒ぎを間近で目撃して1日が経過しているが、いまだ情報の整理が十分に出来ずにいた。 「結局、昨日のバケモノはなんだったんだ……? あかりにも何も聞けずじまいだったし……」  一応、本人なりにSNSなどを活用して情報などを集めたところ、数は少ないながらも怪物を目撃したとの投稿が複数件ヒットし、あれが夢ではなかったのだと確信することができた。尤も、ネットでは信憑性のない情報としてデマ扱いされているのだが。  さらに言うなら、結果だけを見れば人的被害も物的被害もないのだ。本気にする人がいないのも当然だろう。 「……だが、次も無事に解決できるとは限らない。事件が起きるのを未然に防げるのなら、それが最善なんだが……」  なので、いてもたってもいられず、パトロール強化週間と銘打って、自転車で街を見回り中。 「ま、あのバケモノを見つけたとしても、俺に何ができるかっていうと……そもそも、銃とか効くのか、あれ……?」  口に出して考えをまとめながら、自転車を漕いでいく。どこまでもこの街の景色は平和そのものだった。まるで昨日の怪物騒ぎなどなかったかのように。  無論、それは喜ばしいことではあるのだが……あまりにも何事もなさすぎて、それが少々不気味にも思える。 「……ん? あれは……」  平日の昼ということもあってか、少々人通りが寂しい商店街。そこで幸雄は、気になる人物を発見した。  白髪に黒のメッシュ、眼鏡をかけた美形の青年。衣装はどこかのパーティにでも参加するのかという黒のタキシード風で、景観とは驚くほどミスマッチだ。よく見ると、背中からは黒い翼も生えているが……流石にこれは、なにかのアクセサリーだろう。  なのに不思議と注目を集めているということはない。その容姿も相まってか、あまりにも衣装が似合いすぎていることも要因のひとつだろうか。 「おーい、君! ちょっとお話いいかい?」 「ん? それはひょっとすると……この俺のことかい?」  少し遠くから、自転車で近づきなら声を掛けると、青年は素直に足を止めてこちらへ向き直ってきた。  昨日、怪物と一緒にいたことから逃走される可能性も考慮していたのだが、案外話は通じそうな雰囲気がある。 「すまないね、ちょっと気になることがあるもので……いくつか質問させてもらいたいんだが」 「ほう? この俺に質問か……いいだろう、なんでも答えてやろうじゃないか」 「じゃ、まず名前を教えてもらえる?」 「フッ、俺の名はルシフェリオだ」 「ルシ……あー、外人さんね。どこから来たの?」 「俺の帰属する国家……という意味なら、ヘルダーク帝国だ」 「うんうん、ヘルダーク……なんて??」  なんだか雲行きが怪しくなってきた。言葉は通じているし、話もできているのに、何を言っているのかわからない。  思わず聞き返してしまったが、もう一度聞き直しても理解できる気はしなかった。 「ヘルダーク帝国だ。秩序ではなく、いずれはこの世を欲と自由で支配する崇高なる国家の名だ。覚えておけ」 「…………えーっと、じゃあ昨日のことについて聞きたいんだけど」 「言ってみろ」  そのヘルダーク帝国とやらの説明は、一旦スルーすることにした。予想してなかった方向からの情報の波に飲まれ、理解は追い付かないし正直もっと深掘りしたい気持ちもあるが、本題はそこではない。 「君と一緒にいた、あのでっかい怪物……あれは一体、なんなんだ? 何か君と関係があるのか?」 「ほう! お前、ヨクボーイが気になるか! ただの人間にしては見る目がある! お前のその慧眼に免じて教えてやろう!」  さっぱり事情が理解できないまま、何故だか気に入られてしまったようだ。ルシフェリオと名乗る彼のテンションが明らかに上がっている。 「あの怪物の名はヨクボーイという。人間……いや、生けとし生きるものならば全てが持っている〝欲〟を増幅させることにより出現するモンスターだ!」 「……欲?」 「そうさ! 今のこの世界は美しくない! 生物とは元来、もっと自由に生きていいはずだ! それを法律だの一般常識だの、つまらない決まりごとを自分たちに課して自らの身を縛るとは、なんと愚かなことか……! だから我々ヘルダーク帝国は、お前たちが忘れてしまった、欲望に身を任せ本能に逆らわず生きる、美しい生命の在り方を思い出させてやるのさ!」  語るたびに上がっていくテンションといい、話している間の表情といい、本気で言っているとしか思えない。内容は冗談にしか聞こえないが、昨日実物を見てしまったからには、真実である可能性を捨てられない。  ともあれ、幸雄の本能が訴えている。この男は危険だと。 「……詳しい話は署で聞こう。ご同行願えるかな」 「今の話を聞いて、俺が素直に言うことを聞くと思ったかい?」  にやり、と不気味にルシフェリオの口角が吊り上がる。気持ちよく喋っていた時とは一転し、凶悪な本性が現れた瞬間である。  その禍々しさと言ったら、経験豊富な警察官である幸雄ですら気圧されるほど。咄嗟に身構えたが、その隙を突いて距離を取られてしまった。 「はははッ! そうビビるなよ! なぁに、慈悲深いこの俺は命までは獲りはしないさ!」  口ではそう言うが、ルシフェリオは両手に黒い闇のエネルギーを収束させており、どう見てもただで済みそうにはない雰囲気だ。  しかし、それを避けるにも、一か八か捨て身の攻撃を仕掛けようにも、絶妙な距離が空いている。なにより、こんな非現実的な謎の力を持った相手に、立ち向かうことも逃走することも不可能に近いと本能で悟った。 「二度と俺のことを嗅ぎ回れないようにしてやる! はあああああッ!」 「うわぁぁぁぁぁっ⁉︎」  ルシフェリオは両手を前に突き出し、同時に闇のエネルギーを前方の幸雄へ向かって解き放った。  凄まじい勢いの闇に晒される幸雄だが、特に外傷はない。だが、心の中でなにか悪いものが暴れているような……そんな苦しみを、ダイレクトに感じていた。  その苦しみに必死に抗いはするものの、徐々に心が闇に侵食されていく。まるで徹夜明けの眠気の如く、ゆっくりと視界が閉じて行き、やがて意識を手放した。 「ルシフェリオ! また悪さしてるの⁉︎ 絶対に食い止めるんだから!」 「おや、邪魔が入ったか。まあいいさ……ちょうどむしゃくしゃしていたところだ。少し遊びに付き合ってもらうよ!」  最後の最後に、そんな会話を聴きながら。
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