プロローグ

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プロローグ

『受験番号1番、東帝大学文学部4年・朝倉ひなたと申します!』  そこは、他業種の就活生からすれば奇妙な光景であった。リクルートスーツの姿は少数で、それぞれが自身の一張羅を着こなしている。  放送局のスタジオに集められた受験生20人。整然と並べられた椅子に座っている。今日はアナウンサー試験のカメラテスト。これから1人ずつ順に名前が呼ばれ、奥のテーブルへと座り、1分間で志望動機と自己PRを述べる。その正面には、大きなテレビカメラが待ち構えていた。 『私は、人を幸せにしたい、地域を元気にしたいという思いからアナウンサーを志望しています』  ベージュのジャケットを纏った彼女は、ファインダーの向こうにいる『聴き手』にはきはきとした声で語り始めた。 『高校受験で悩んでいた時、夕方の番組に出ておられたアナウンサーの「今日もお疲れ様」「皆さんを応援しています」という励ましの言葉に、私は勇気を貰いました―』  出番を待つ受験生は、食い入るように彼女を見ている。笑顔で頷く者、黙々と聞く者。ライバルからすれば、気が気でない瞬間だ。彼女と同じスクールに通う岩戸(いわと)ほたるは、凝視を通り越して睨みにも似た視線である。 『私も、私の言葉で県民の皆様を勇気づけたいと思っております!』  自身の1分間に、ひなたはかつてない手ごたえを覚えた。速くなり過ぎないように、しっかりと伝わるように、昨日はずっと鏡の前で練習を続けていた。笑顔も忘れてはいけない。視覚と聴覚で、選考中の社員に訴える。 『宜しくお願い致します!』  最後に、ここ一番の笑顔で、ひなたは締めくくった。 「それでは、続きまして新入社員のご紹介です! まずは、朝倉ひなたさん!」  時は流れ、翌年4月。彼女は、そのカメラテストを受験していたマンカイ放送の入社式にいた。 「……営業部に配属されました、朝倉ひなたと申します……」
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