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「た、たいへい、ですか?」
彼女は、紙に書かれた『大平』という字を睨んでいた。
「残念! これは『おおだいら』と読みます」
「あー、そっちなのか!」
赤ペンで漢字の上にルビを振る。
「ローカルの独特な地名は、トラップの巣窟だからねえ。分かってても間違えそうになるし」
「でも、ハードルが高ければ高いほど、やりがいがありますもんね!」
笑顔で熱心にメモをとる彼女こそ、マンカイ放送の新人アナウンサー・岩戸ほたるである。そして指導するのは、空野と同じく夕方の顔・光田明子だ。今は、マンカイ放送のアナウンサー研修名物・県内難読地名クイズの真っ最中であった。
「まあ、ここだけの話、初鳴きは結構早いかもね」
「え、本当ですか!?」
「うん。読みは落ち着いてるし、それでいて声質は柔らかい。少し速くなりがちなのが課題かな」
テレビで見るのと同じように、明子の笑顔はきらきらと照り映えている。ほたるも負けじと白い歯を見せて答えた。
「頑張ります!」
「そうと決まれば、早速練習だね。はい、これ今日の原稿」
ほたるの採用が確定していたのは、選考でのカメラテストである。全国を転々とするライバルたちが居合わせる中、彼女の読みは役員全員が丸を付けた。そして、他を圧倒するポジティブなキャラクター性と、スペイン語・スワヒリ語・ブラジリアン柔術黒帯というマルチな特技が後押しし、最終面接を待たずして内定が出された。
社内では、彼女がテレビに出れば、すぐにでも多くの視聴者が惹きつけられると言われる。デビュー、いわゆる『初鳴き』もそう遠くないというのが専らの見立てだ。
「じゃあ、用意出来たらそのまま読み始めて」
2人が録音室に向かうと、ちょうど先客がいた。扉が閉まっており、ディレクターが外から指示を出す。中にいるのは、男性のようだ。
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