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「……あ、影山さん」
気づくと影山は自分の隣に腰を下ろしていた。見ていた限り、かなりの量を飲んでいたと思われるが、全く様子は変わっていない。恐らく酒には強いのであろう。
「部長のあだ名って知ってます?」
「あだ名、ですか?」
「『まねき猫田』」
「まねき……あ、招き猫?」
影山が指を差す。その先では、猫田が社員を1人ずつ手招きして声をかけている。
「招き猫は、利益と幸運を招き入れる。営業部長にぴったりでしょ」
「確かに、縁起は良さそうですね」
「実際、ここぞの勝負時は、験担ぎで部長に手招きしてもらうんです」
「えぇ?」
「大口の契約が決まったり、結婚したり。効果は抜群ですよ」
「ちょっと、なんですかそれ!」
「笑った」
「はい……?」
影山の言葉で、ひなたは自分の口角が上がっていることに気付いた。
「初めて見た。朝倉さんの笑っているところ」
彼女はどうしたらいいのか分からなかった。だが、不思議と悪い気はしない。その時、影山が声を上げた。
「猫田部長」
「うん?」
「せっかくなんで、朝倉さんに『招いて』もらっていいですか」
「わ、私にですか!?」
猫田は大きく頷いた。既に顔が真っ赤である。
「もちろんだとも! さぁ、朝倉さんいらっしゃい!」
「は、はい!」
「部長、そこは手招きしないんですね!」
「「「ハハハハ!!」」」
「ここからが本番なんだよ!」
ひなたは猫田の前に正座し、彼の目をじっと眺める。
「……はい! はい!」
猫田は掛け声に合わせて、ひなたの前で大きく右腕を上下に振る。周囲から拍手が沸き起こる。
「これで大丈夫だ! 朝倉くんには、必ずや福が訪れることでしょう!」
「あ、ありがとうございます!」
振り向くと、影山がこちらに向かってグラスを軽く掲げている。
ひなたは、今度は自分の意思で笑って見せた。
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