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母親は娘の就職が決まったとき大層喜んでいた。ひなた本人はアナウンサー志望だったため釈然としなかったが、「普通なら泣いて喜ぶレベル」と諸手を上げて祝ったものだ。誰よりもひなたを応援している存在といっても過言ではない。傷心する彼女にとっても、それは確かな癒しとなっていた。
風呂を沸かし、待っている間にと、何気なくテレビを点ける。再びスマホに目を遣ると、もう10件通知が来ていることに気付いた。つい10分ほど前である。
『朝倉さん! 私、初鳴きする!』
『11時前のニュース、見てね!』
「……え?」
顔を上げると、見知った姿がそこにはあった。
『こんばんは』
画面の下には、確かに『岩戸ほたる』と名前がある。ひなたは固まってしまった。本来ならば祝意を示すべきところなのだろう。自分の母親のように。初鳴きに至るまでがどれほど大変な事か、同じ山を登っていた身からすれば痛いほどよく分かる。
だが、どうしても『おめでとう』という文字が打てないでいた。というより、頭の中に浮かべることすらできなかった。
改めて現実を突きつけられる。ほたるはアナウンサー。ひなたは一般社員。彼女はテレビに出られて、自分は出られない。先ほどまでの上向いていた感情は、蜘蛛の子を散らすように消えてなくなっていく。
「……招き猫、か……」
浴室から波打つような音が聞こえてくる。
「はっ!? 忘れてた!」
ドアを開けると、案の定浴槽からお湯が溢れていた。床まで水浸しになっている。慌てて中に入り、蛇口を閉める。
「……あ! あぁ、ズボンが……!」
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