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「営業の仕事については聞いているかな?」
「CMを、売るということは……」
「そうそう。うちは民放だから、クライアントからの出稿があって成り立っている。ここで大事なのは、『企画力』や『交渉力』もあるけど、何より『信用』だよ」
「は、はぁ……」
正直、研修で緑の冊子を渡された時から、理解度はあまり進んでいない。そもそも、放送局の営業という仕事をイメージしたことさえなかった。割と本気でテレビを売っていると思い、家電量販店と何が違うのかと考察したくらいだ。それが実際には、CMという目で見えない物を売るというのだから余計に難しい。
アナウンサーになりたくて放送局を目指していた彼女は、「こんなはずでは」と頭の中で唱えた。
「分からないことがあったら何でも聞いてね! 近しい先輩もいるし」
「近しい先輩、ですか?」
「そう、隣の」
猫田が彼女の隣の空席を指す。
「彼はまだ20代で歳も一番近いし。君の指導係にしたから、色々相談するといい」
「……分かりました」
「彼」ということは、男性のようである。尤も、彼女にとってはあまり興味のないことだった。
「戻りましたー」
「おっ、帰ってきた!」
猫田が立ち上がり、手招きする。フロアの入口に目を遣ると、長身の男性が歩いてきた。紺のスーツに、黒革をあしらった文字盤の腕時計、そして端正な顔立ち。
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