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横から予想外の一言が聞こえてきた。声の主は間違いなく影山である。
「……ああ! ちょっと待っててください!」
スタッフは急に顔が明るくなり、台本を取りに行く。影山はそれを受け取ると、1文字ずつ読み込み始めた。次から次へとページをめくる。
「あ、あの……影山さん?」
ひなたが覗き見るように尋ねる。
「仕方ない。私が立ちます」
「はい……はい!?」
ひなたの声が裏返る。
「私がステージに立って、司会をやります」
「影山さんが立ってくれるんなら百人力だ!」
「皆さんに構成変更、伝えてください」
「了解です!」
台本は2周目に入った。小さい声で読みながら、大事な箇所に赤線を引く。その様子をひなたは口を開けて見つめていた。
「ちょ、ちょっと! 影山さん! 本気ですか!?」
「ええ、本気です。イベントを遅らせるわけにはいかない」
「空野アナですよ!? 影山さんが、社員が出てきてもカバーできませんって! いくら影山さん、声が良いからって!」
その言葉に、影山はひなたの方を向き、少し微笑んだ。
「声、褒めてくれてありがとう」
彼女は目が点になった。スタッフが「時間でーす!」と影山に指示を出す。気づけば彼は既にステージに片足を乗せている。彼は行ってしまったのだ。
彼の登場に周りはざわついていた。しかしそれは、空野の所在を案じるざわめきではなかった。
「あっ、影山さんだ!」
「影山さーん!!」
ひなたは観客に目を遣る。黄色い悲鳴が随所で聞こえてきた。
「え……?」
次にステージへと視線を移す。間違いなく立っているのは影山だ。空野と見間違えて盛り上がっているわけではない。現に、客は彼を影山と認識できている。にも拘わらず、皆は壇上の男を歓迎し、迎え入れていた。
「皆様、本日はお越しくださいまして、誠にありがとうございます! マンカイ放送営業部の影山と申します。今日はどうぞよろしくお願いいたします!」
大きな拍手が沸き起こる。
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