第1話「光と影のアナウンサー」

7/43
前へ
/44ページ
次へ
 横から予想外の一言が聞こえてきた。声の主は間違いなく影山である。 「……ああ! ちょっと待っててください!」  スタッフは急に顔が明るくなり、台本を取りに行く。影山はそれを受け取ると、1文字ずつ読み込み始めた。次から次へとページをめくる。 「あ、あの……影山さん?」  ひなたが覗き見るように尋ねる。 「仕方ない。私が立ちます」 「はい……はい!?」  ひなたの声が裏返る。 「私がステージに立って、司会をやります」 「影山さんが立ってくれるんなら百人力だ!」 「皆さんに構成変更、伝えてください」 「了解です!」  台本は2周目に入った。小さい声で読みながら、大事な箇所に赤線を引く。その様子をひなたは口を開けて見つめていた。 「ちょ、ちょっと! 影山さん! 本気ですか!?」 「ええ、本気です。イベントを遅らせるわけにはいかない」 「空野アナですよ!? 影山さんが、社員が出てきてもカバーできませんって! いくら影山さん、声が良いからって!」  その言葉に、影山はひなたの方を向き、少し微笑んだ。 「声、褒めてくれてありがとう」  彼女は目が点になった。スタッフが「時間でーす!」と影山に指示を出す。気づけば彼は既にステージに片足を乗せている。彼は行ってしまったのだ。  彼の登場に周りはざわついていた。しかしそれは、空野の所在を案じるざわめきではなかった。 「あっ、影山さんだ!」 「影山さーん!!」  ひなたは観客に目を遣る。黄色い悲鳴が随所で聞こえてきた。 「え……?」  次にステージへと視線を移す。間違いなく立っているのは影山だ。空野と見間違えて盛り上がっているわけではない。現に、客は彼を影山と認識できている。にも拘わらず、皆は壇上の男を歓迎し、迎え入れていた。 「皆様、本日はお越しくださいまして、誠にありがとうございます! マンカイ放送営業部の影山と申します。今日はどうぞよろしくお願いいたします!」  大きな拍手が沸き起こる。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加