吉村彩奈side

2/3
前へ
/6ページ
次へ
 藤之江くんはサッカー部のエースストライカーで、つるんとした色白の塩顔が眩しい陽キャ男子。女子の人気者が吉村さんなら、男子の人気者は藤之江くんだ。  そんな藤之江くんに私は身分不相応にも恋をしていた。  藤之江くんは人望も厚く、他の男子と違って隠キャ相手でも分け隔てなく接してくれる人だったから、哀れな私は何を勘違いしたのか舞い上がってしまったというわけだ。  そしてその勘違いに気付いたキッカケこそ、吉村さんの身体を乗っ取ったことだった。  吉村さんの身体の中にいる時、私はいつものようにチラチラと横目で藤之江くんを眺めていた。すると不思議なことに、ふとした瞬間に何度も彼と目が合うことに気が付いた。しかも彼は目が合うたび、白磁のような肌を薄らと赤く染めて目を逸らしたのだ。  それは本当の自分の身体の中にいる時には一度も経験のないことだった。  そう。人生で初めての失恋。だけど同時に、この恋を実らせる唯一の方法にも気付いてしまった。  私は吉村さんの身体にさらにのめり込んでいった。  あと一回。あと一回。  そうやって何度も乗っ取っては、藤之江くんとの仲を深めていった。そうしてある日とうとう、私は吉村さんの身体に入った状態で藤之江くんから告白を受けた。  私は悩んだ。だって、告白を受け入れたとしても、彼が付き合うのは本当の私じゃない。彼が見ているのは、本物の私じゃない。  散々悩んだものの、結局私は藤之江くんの告白を受け入れた。  たとえ仮初だとしても、今目の前にぶら下がった幸福の誘惑に抗うことができなかったのだ。  私は吉村さんの身体を借り、藤之江くんとの恋人ごっこを始めた。  交際は順調に進んだ。毎日のように連絡を取り合い、一緒に下校をしては「好きだよ」と囁き合い、人目を盗んで手を繋ぎ、抱き合い、キスをした。私は吉村さんの身体を通して藤之江くんの体温や息遣いを感じた。  そのたび私の心には大きな幸福と、それよりももっと大きな悲しみの波が押し寄せた。それでも私は藤之江くんと唇を重ねることをやめられなかった。  あと一回。もう一回。あと一回だけ……  そんな日々が続くうちに、だんだんと吉村さんの身体が自分の心と馴染んでいくのを感じた。  すると一つの変化が起こった。  吉村さんの心と本当の自分自身の心が、徐々に同化し始めたのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加