伊藤都子side

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伊藤都子side

 吉村さんが亡くなった。  その衝撃的な事実を担任の先生から聞いた瞬間、私は自責の念で胸が詰まりそうになった。さらに追い打ちをかけるように、泣き崩れる藤之江くんの姿。  泣かないで、藤之江くん。  私は心臓を掻きむしりたいほど苦しくなる。私のせいだ。吉村さんは私のせいで、自殺したに違いない。  はじめは自分の意志ではなかった。  ある日の授業中、気が付いたら自分の身体が吉村さんの身体になっていて、自分の席を見れば、私の身体は私の身体として何事もないように動いていて、私は唖然とするしかなかった。  なんだこれは。夢だろうか。  休み時間になれば、吉村さんのたくさんの友達に囲まれた。戸惑っていたら「変な彩奈」と笑われた。いつもなら今頃机に突っ伏して、息を殺して過ごしているのに。  少し気疲れはしたが、それでも、楽しかった。本当の伊藤都子(わたし)には絶対できない、キラキラした青春。  夢ならまだ覚めないでくれ。そう思ってしまうほど、吉村さんとして過ごした時間は私にとって蜜の味だった。  しかしそんな不思議な経験は一回きりですぐに終わり、その後しばらくは何もない退屈な日常が続いた。  やっぱり夢だったんだ。そう思って落ち込んでいた頃、私は再び吉村さんになった。これも夢だろうか。だけどその日以降、私は頻繁に吉村さんの身体と自分の身体を行ったり来たりするようになった。  可笑しな現象を恐れる気持ちもないではなかった。でもそれ以上に、私は吉村さんになれる時間が楽しみだった。  なんの取り柄もないこんな陰キャ女子高生が、キラキラした人気者女子に成り代われる時。まるでシンデレラの魔法のよう。  また、吉村さんになれることでもう一つ好都合があった。それは好きな人と距離を縮められたこと。  藤之江くんが吉村さんを好きだと気付いた瞬間はもちろん辛かった。だけど私は目の前にぶら下がった幸福の誘惑に抗うことができず、結局吉村さんの身体で彼からの告白を受け入れた。  それからしばらく、私は吉村さんとして藤之江くんと交際を深めた。それは幸せと隣り合わせの不安の日々だった。特に自分の身体に戻っている間、本物の吉村さんと藤之江くんがどうしているのかと考えると気が気じゃなかった。  もしかしたら、吉村さんが勝手に藤之江くんと別れてしまうかもしれない。そんなことになったら耐えられない。  早く、早く吉村さんに成りたい。あと一回。もう一回。  そんな中毒患者のような日々を過ごす中で私はある変化に気付いた。  それは、吉村さんの心と本当の自分自身の心が、同化し始めていたということ。
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