34人が本棚に入れています
本棚に追加
人気者だったクラスメイトの自殺報告という、地獄のようなホームルームが終わった。私は教室の後ろの席から、ずんずんと最前列の藤之江くんの元に近づき、声をかけた。
「藤之江くん」
「……え? 伊藤、さん?」
藤之江くんは目を真っ赤に腫らしながら、驚いたような声を上げた。
当然だ。彼にとっては、本当の私はただのクラスメイトの一人。こんな状況下で気軽に話しかけられるような関係じゃない。他のクラスメイトたちも、突然しゃしゃり出てきた日陰者を訝しむような目で見ている。自分たちですら声をかけられないのになんだこの女は、と。
だけど。私は知っている。
藤之江くんの誕生日も、血液型も、身長も。好きな食べ物も、動物も、アニメも、ゲームも、スポーツ選手も。それに抱きしめるとほんのり制汗剤の匂いがすることも、脇腹がくすぐったがりなことも、手を繋ぐとすぐに手汗をかいちゃう汗っかきなところも、ちょっとすけべなところも、どんなキスが好みかも。
私は誰よりも藤之江くんのことを知っている。吉村さんが命を懸けて作ってくれた時間のおかげで、私たちはこれからいくらでも親密になれる。
「辛いよね、吉村さんのこと」
私は薄ら涙さえ浮かべて藤之江くんに優しく寄り添った。再び表情筋が崩れ始めた彼の頭に、私はゆっくりと手を置き、撫でる。初めて伊藤都子として、愛おしい彼の身体に触れた。
藤之江くんが下を向き泣き出してしまったのをいいことに、私は小さくほくそ笑んだ。
これからは私が藤之江くんを守ってあげる。
だから……安心して見ていてね。吉村さん。
最初のコメントを投稿しよう!