揺れる想い

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揺れる想い

 魁斗の部屋の狭いベッドで薫と抱き合った。二度目で魁斗も薫の扱いに少し慣れたが、それでも薫にリードされる形で行為は終わった。 「魁斗先生。俺とするの、気持ちいい?」  魁斗の腕の中で薫はそう訊いた。 「良くなかったら……しない」  魁斗はそう答え、薫を抱き寄せた。 「普通とか簡単に言って……傷つけた。悪かった」 「気にしてたの?」  薫が魁斗の顔を見てそう言った。 「普通って何だろうなって……今はそう思うよ」  魁斗は呟くようにそう言った。 「俺……誰のものにもならないって言ったけど……」  薫が魁斗の頬に手を触れて、目を見つめた。 「魁斗先生のものになら……なってもいいな」  魁斗はドキッとして、冗談めかしてこう言った。 「また気まぐれ猫が現れたな」 「本気で言ってるのに」  薫は拗ねたような顔をした。 「先生は言わないね?俺だけのものになってほしいって」 「そんなこと言えるような立場じゃないからね。俺と薫くんとじゃ……釣り合いが取れない。歳も離れてるし、住む世界が違う」  真顔で魁斗はそう言った。 「そんなこと……」 「それに……気まぐれ猫と一緒にいられる自信もない」  魁斗は笑って薫の頭を撫でた。 「俺と薫くん……まだ二度目だよ?正直、薫くんが俺のどこをそんなに気に入ってくれてるのかも……よくわからない」  薫はうつむいた。 「魁斗先生が勉強見てくれるようになって二年ちょっと経つけど……俺、魁斗先生と一緒にいると、居心地がいいんだ」  薫が身体を寄せて魁斗の胸に顔を埋めた。 「魁斗先生の授業受けてて、初めて俺が気が向かないって言ったとき……何か話そうかって言ってくれたの……覚えてる?」 「うん。薫くんの好きなことを訊いたね」 「別にないって言ったら……何でもいいよって。好きな食べ物とか趣味とか色とか場所とか。何でも話してって言ってくれて……。こんな先生初めてって思った」 「まあ、家庭教師としてはあんまり褒められたことじゃないけどね。いかに生徒さんのやる気を引き出させるかも、仕事のうちだから」  薫は首を振った。 「俺……嬉しかった。上から押し付けられる感じしなくて、だからって妙にへつらう感じもなくて。対等に接してもらえてるような気がして」  だからずっと魁斗先生に来てほしいって思った、薫はそう言った。 「週三回、魁斗先生に会えるのが楽しみになった。魁斗先生のためなら勉強も頑張らなきゃって気にもなった。まあ、たまに気が乗らないこともあるけど」  だから……薫は顔を上げた。 「魁斗先生と寝たの、まだ二度目だけど……先生のこと、好きだったのはずっと前から。抱かれたいって思ったのは……一年くらい前から」 「うん……」 「魁斗先生は、好きの気持ちと寝た回数が比例すると思ってる?まだ二回しかしてないから……俺の気持ち、伝わらない?」 「……わからない」  魁斗は目を閉じてそう答えた。 「俺は……ここ1ヶ月ちょっとで、急に薫くんとこんなことになって……戸惑ってる」 「俺のこと……嫌い?」  薫はそう訊いた。 「そうじゃない。でも自分だけのものにしたいくらい好きかって訊かれたら……正直まだよくわからない」  薫は両手で魁斗の頬を包むと、キスをした。 「二回じゃわからないって言うなら……何度でもしたい。魁斗先生がわかるまで……何度でも」  薫は身体を起こし、魁斗の上になってそう言うと、深く激しいキスをした。魁斗は薫の細い身体を抱きしめた。  薫にシャワーを浴びるよう勧めて、そのあと魁斗もシャワーを浴びた。18時を回っていた。薫の自宅の最寄駅まで送って行き、買った参考書と問題集の入った手提げ袋を手渡した。 「本当にここでいいの?家まで送るよ?」 「ううん、ここでいい。ありがとう」  薫は笑顔で言った。 「今日は楽しかった。また……魁斗先生の部屋に遊びに行っても、いい?」 「うん。またおいで」 「じゃあ……」  そう言って薫は自宅に向かって歩き出した。後ろ姿が見えなくなるまで見送って、魁斗は改札を入って電車に乗った。部屋に帰ると乱れたベッドが目に入ってきた。ここで薫と寝たのだと思った。  自分の教え子とこんな関係になってしまったことを、魁斗は少し後悔した。薫の受験に響かぬようにしなければと思った。  その日は魁斗の授業のない火曜日だった。譲に家に来るよう誘われたが、薫は断った。 「最近、誘っても断られてばっかりだ」  譲は教室で二人きりになると、薫を問いただした。 「俺……何か薫の気に障るようなことした?」 「そういうんじゃないよ。気が乗らないだけ」  薫はそう言って教室を出ようとした。 「この間もその前もそう言って断られた。いつになったら乗ってくれるの?」  譲が薫の両肩を掴んで引き留めた。 「俺……薫としたい」  薫はふふっと笑ってこう言った。 「譲は俺に自分だけのものになってって言うけど……結局はそれだけが目的?」  薫は冷たい目をして続けた。 「身体だけならいいよって言ったけど……そろそろ撤回しようかな」 「えっ?」 「心はもちろん、身体も譲のものじゃない」  譲は愕然として肩を掴む手に力を込めた。 「どういう意味だよ?俺とはもうしないってこと?」 「そう思ってくれていいよ」 「急にどうしたんだよ?わかんないよ!」  譲は薫の肩をゆすって叫ぶようにそう言った。 「こういうの……やめてくれる?」  薫はそう言って譲の手を払いのけた。 「俺……誰のものにもならないって言ったけど、気が変わった」 「どういうこと?」 「好きな人がいる。その人のものにならなってもいいかなって。だから譲とはもうしない」  譲は納得できずにこう言った。 「そんなのおかしいだろ?誰のものにもならないって言うから、俺、今まで我慢してたのに……大体そんなの薫らしくないよ」 「別にらしくなくてもいい」  そういうことだから、譲、バイバイと薫は言った。 「ああ、バイバイもないか。俺と譲は付き合ってた訳でもないし」  薫は冷たく笑うとそう言って教室を出て行った。譲は拳を握りしめ、震える声で呟いた。 「好きな人って……誰なんだよ……?」  二人の生徒の授業を終え外食をし、魁斗がマンションに帰宅したのは21時過ぎだった。明日の授業の準備をしようとしたところで、玄関のチャイムが鳴った。ドアスコープを覗くと、海藤渉の姿があった。チェーンと鍵を外しドアを開けると、渉はちょっと邪魔すると言って上がり込んできた。 「これ、差し入れ」  そう言ってコンビニ袋をローテーブルの上に置いた。缶ビールが4本入っていた。 「どうしたんだよ急に」  魁斗がそう言って缶ビールを2本取り出し、残りは冷蔵庫に収めて渉に1本手渡した。渉はカーペットの上に腰を下ろすとプルダブを開けてビールに口をつけた。 「うん、仕事上がりのビールはうまいな!お前も飲めよ」  魁斗は渉の向かいに腰を下ろした。 「相変わらず女っ気なしか。魁斗は昔から女に対する積極性に欠けるところがあったしな」  渉が部屋の中を見渡しそう言って笑った。 「俺の積極性の半分、いや4分の1でも魁斗にありゃあな」  魁斗はため息をつくと、そんなことを言いにわざわざ来たわけじゃないだろと言った。 「菜月ちゃんのことだよ」  渉はそう言ってビールを煽った。 「何度か告ったら言われた。他に好きな人がいるって」 「そうみたいだな。まあアイツももう26だし、好きな男の一人や二人いてもおかしくないだろ?」  魁斗もプルタブを開けてビールを口にした。 「諦めきれなくて……」  渉がそうこぼした。 「おいおい……そんなに惚れてたのかよ?渉らしくないな」  渉は魁斗を見つめて言った。 「菜月ちゃんの好きな人ってどんなヤツ?って訊いた」 「ハッ!珍しく食い下がったな!」  魁斗が呆れてそう言うと、渉はビールを煽った。 「海藤さんもよく知ってる人だって言われたよ」  魁斗は首をひねった。 「え?お前らに共通の知り合いなんていたっけ?」 「バカ。……お前しかいないだろうが!」  魁斗は言葉が出なかった。 「……俺?」 「そうだよ!お前のことがずっと好きだったとさ!」  渉は魁斗に無断で冷蔵庫を開けビールを取り出すと、プルタブを開けてぐいと煽った。 「菜月が?俺のことを……好きだって?」  渉はハアとため息をついて、菜月ちゃんの言ったとおりだなと呆れたように言った。 「子供の頃からずっと好きだったけど、全然気づいてくれないって言ってたよ。しまいには泣かれちまって……フラれた俺がなぜか菜月ちゃんを慰めるって妙な展開になった」 「全然、気づかなかった……だって俺は菜月と子供の頃からずっと一緒で……まさかそんなふうに思われてたなんて、ちっとも……」  魁斗は混乱した。いつも俺のあとを泣きながらくっ付いて歩いてた菜月が、まさか俺のことそんなふうに……魁斗は呟いた。 「……で?お前はそれ聞いてどう思うんだよ?」  渉に詰め寄られ、魁斗は途方に暮れた。 「どうもこうも……菜月は俺にとって大事な幼馴染としか思えない。恋愛対象にだなんて……そんなふうには考えられない……」 「1ミリもかよ?」 「うん……1ミリどころか1ピコも」 「単位なんかどうでもいい!つまり全く興味がないってことだな?」 「うん……女としては見られない。近すぎてダメだ」  渉はまたため息をついた。 「菜月ちゃん……お前に告るつもりないって言ってたぞ?だから俺が代わりに告ったんだけど……このまま行くと菜月ちゃん、フラれることもなくずーっとお前のこと想い続けて行き遅れ確定だ」  ビールを煽って渉はそう言った。 「行き遅れるだなんて……やめてくれよ」  魁斗はそう言った。 「なあ……お前、好きなヤツとかいないのかよ?」  渉にそう訊かれて、ふと薫の顔が浮かんだ。魁斗は頭を振った。 「菜月ちゃんのためにも……早く彼女の一人や二人作って、諦めさせてやれよ」 「お前が知らないだけだろうけど……俺にだって彼女がいたことくらいあったさ。でも菜月はそれでもずっと俺のこと……好きだったんだろ?」 「まあそういうことだな」 「ってことは、仮に俺にまた恋人ができたとしても、菜月が諦めるとは限らないってことだろ?」  お前飲まないならもう1本もらうぞと言って、渉が冷蔵庫から残りの缶ビールを取り出して煽った。 「まあな。お前が結婚でもしない限りは、そうなるだろな」  渉は少し酔いが回り、ああそれかいっそお前が女に興味ゼロだったら菜月ちゃん、諦めるなと笑って言った。 「彼女じゃなくて、この際彼氏でもいいぞ?ハハッ」  魁斗はドキッとしてベッドに目をやった。俺はここで、このベッドで薫と寝た。そう言ったら渉はどんな顔をするんだろうかと思った。
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