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 更衣室のロッカーを開け放ち、扉裏に付いている鏡の前でスプレーを使いながら前髪を整える。束感、長さ、形、うん、バッチリ。メイクもしっかり直して、よし、完璧ーー真依は満面の笑顔を作ると、ロッカーの扉を閉めた。  だって今日は憧れの水木さんと同じシフトの日。やっぱり一番可愛い自分でいたい。  水木というのは、真依がアルバイトをしているカフェで唯一バリスタの資格を持つ正社員で、若いながら店長を任されていた。誰にでも優しく、物腰の柔らかさも相まって、水木を目当てに来店する客もいるほどだった。  二日ぶりのシフト。彼に会えることが嬉しくて、ドキドキしながら店舗へのドアを開ける。 「おはようございまーす!」  店内に足を踏み入れた瞬間、真依の目には白いシャツでコーヒーをカップに注いでいる水木の姿が飛び込んでくる。  あぁ、なんでカッコイイのかしら。あんな人と付き合って、一緒にいろいろな場所にデートに行ったり、ご飯を食べたり、手を繋いで歩いたりしてみたいーー思わずうっとりと見惚れてしまう。いくら妄想を膨らませても、尽きることなく溢れてくるのは、まだ真依が誰とも付き合うという経験をしていないからかもしれない。  いけない、いけないーー頭を横に振って気持ちを立て直す。仕事は仕事、公私混同は良くないと自分に言い聞かせると、バイト仲間に挨拶をしながらレジカウンターに向かった。 「鈴子さん、おはようございます。レジ、代わります」  ちょうどお客の列が途切れたところで、レジに入っていた鈴子に声をかける。直前まで忙しかったようで、ホッとしたような表情で真依を見つめた。 「あっ、真依ちゃん、おはよう。でも交代までまだ少し時間があるけど……」 「今日はちょっと早く着いたんです。鈴子さんが少しでも早くお子さんのお迎えに行けたらいいのかなって思って」 「うわぁ、ありがとう! じゃあ時間になったらすぐに上がらせてもらっちゃうね」 「うふふ、是非そうしてください」  鈴子の代わりにレジに入り、水木が笑顔で客とやりとりする姿を眺めていると、店のガラス戸が開いて一人の青年が入ってきた。  あっ、いつもの"絵の具くん"だーー絵の具くんというのは真依が心の中で呼んでいる愛称で、彼が来店する時は必ず体のどこかに絵の具がついていたため、心の中でこっそりとそう呼んでいた。実年齢がわからないような少し幼い顔立ちで、肌は驚くほどのツヤを感じる。  高校の美術部とかかな? きっと絵を描くのが好きに違いない。落とし忘れた絵の具が可愛くて、弟がいたらこんな感じなのかなーーと勝手に親近感が湧いていた。
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