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風が告げる未来・第一話
第一話: 風の記憶
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全てが過ぎ去るということを、彼女は幼い頃から知っていた。風が吹くたびに、彼女の心は何か大切なものを失う感覚に包まれる。家の庭で揺れる木々の葉、彼女の髪を優しく撫でる風、それらはいつも何かを告げていた。何か大切なものが風とともに消え去る瞬間を、彼女は予感していたのだ。
彼女の名は、風子(ふうこ)。その名前は、まるで彼女の運命を暗示するかのように、風と深い縁を持っていた。彼女が生まれた夜、嵐が街を襲い、風が家の窓を激しく叩き続けたという。その激しい風の中で生を受けた彼女は、いつしか風を感じる度に、心に不安を抱えるようになった。
風子が10歳の時、彼女の人生に最初の大きな風が吹いた。父が突然、何も言わずに家を出て行ったのだ。理由は誰にも明かされず、風子も母も、その事実をただ受け入れるしかなかった。彼女は、その日から風が吹く度に、父の姿を思い浮かべるようになった。風が彼を連れ去ったのだと信じていた。
それから数年後、彼女はもう一度、風の恐ろしさを知ることになる。高校を卒業する頃、彼女には恋人がいた。彼の名前は翔(しょう)。二人はいつも一緒に風を感じながら歩き、未来を語り合っていた。だが、大学進学の話が出ると、彼らの道は徐々に分かれ始めた。翔は遠くの都市へ進学を決め、彼女は地元に残ることにした。
別れの日、風子は強い風が吹く中で、翔と最後の言葉を交わした。その風は、彼女の髪を乱し、彼の言葉をかき消してしまいそうだった。翔が風とともに消えていくような感覚に、風子は胸を締め付けられた。
翔が去ってから、風子は再び風に怯えるようになった。彼女はいつも風の音を耳にし、何かがまた消えてしまうのではないかと恐れた。風は彼女の心の奥底に触れ、彼女の過去の記憶を呼び覚ました。
そして、ある秋の日、風子は母親と共に父の遺品を整理していた。父は遠くで亡くなり、その遺品だけが残された。風子はその中に一冊の日記を見つけた。日記のページをめくると、そこには父の最後の言葉が綴られていた。
「全てが過ぎ去る。風とともに。」
風子はその言葉を見つめ、風の記憶が彼女の中で渦を巻き始めた。彼女は、風が過去の記憶や人々を連れ去るだけでなく、新たな出会いや未来への扉も開くのだと、少しずつ理解し始めた。風はただの現象ではなく、彼女にとっての運命の一部だったのだ。
その夜、風子は初めて、自分自身が風に立ち向かう決意をした。風が何を連れ去ろうとも、彼女はその先にあるものを見つけるために歩み続けることを誓った。
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