プロローグ クラスにひとり

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プロローグ クラスにひとり

   七月四日(木) 如月颯太  今、隣の席で真剣に悩んでいるコイツを突然ぶん殴ったらどうなるんだろうか……。ふと日常の中で、そんな事を考える機会はないだろうか。隣の同僚をぶん殴ったら……。必死に話題に追いつき、議事録を書き留める新入社員の子の豊かな胸にダイブしたら……。社運をかけたプロジェクトに真剣に向き合い、会議をファシリテートするドS女のエース社員に中指を立ててみたら……。同僚の男は反撃してくるだろうか、新入社員の女の子は泣くだろうか、ドSのエース社員からは後からいやらしい言葉責めが待っているのだろうか……。  そして、それぞれの展開の先に待ち受けているのは、謹慎処分か、懲戒解雇か、はたまた逮捕か……。世界は無限の可能性に満ちている。ああ、なんて素晴らしい世界なんだろう……。  俺の名前は如月颯太。男、二十六歳、独身。ちょっとだけ良い高校を出て、ちょっとだけ良い大学を出て、ちょっとだけ良い専門商社、そう、ここ東京の斉甲商事株式会社に新卒入社して五年目を迎える。   昔からよく「何を考えているのか分からない」なんて言われて育ってきた。そう、クラスに一人くらいはいる、何を考えているかよく分からない至って平凡な男だ。  結婚? いやいや、ここ東京の男性の平均初婚年齢は三十一歳を超える。彼女を作って結婚まで三年と考えると、どう見積もってもあと二年くらいはフリーで楽しめる。そう、楽しめるのだ。何たってこの俺、モテるからな。今日も女子社員達からの視線が痛い。悪いな。申し訳ない。期待には添えない。もう少し、自由に羽ばたく時間が欲しいんだ。それまで待っていてくれ……。
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