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第三話 キャリア
七月二十五日(木) 如月颯太
「如月君、あんまり言いたくないけどね、このままだとあなた、剛田君に抜かれるわよ」
静かに、でも攻撃的な、そんな女性のハスキーボイスがキーボードを叩く横から聞こえた。神楽先輩だ。耳の痛い話だ。クソ! 目の前の席の剛田が外回りに行っている事が救いだ。奥村さんも席を外していた。タイミングを見計らっての一言だった。神楽先輩なりの配慮なんだろう。
最近の剛田は外回りをしている事が多い。いや、正確には、俺だって同じくらいの時間、外回りをしている。しかし、俺との違いがある。剛田には遊びがない。何というか、とにかく熱いのだ。
俺が一件回る時間で三件ほど回ってくる。昼飯はラーメン屋で十五分程の短時間で軽く済ませているらしい。ちなみに、剛田の言う「軽く」は、全然軽くない。チャーシュー麺を大盛りで、それにライスもつける。そこに餃子をつけないのは、口臭を気にしての事らしい。
つまり顧客に配慮しつつ短時間で昼食を済ませて、休まず効率的に顧客を深耕するのだ。どこまでも合理的かつ熱い男だ。嫌になる程に……。そこに俺みたいな「そこそこに成果を挙げて目標予算を達成すれば良い」といった、スマートな考えはない。彼のその情熱の源泉はどこにあるのだろうか。厄介な同期を持ったものだ。
「まあ、この調子なら目標予算は達成できるでしょうね。それでも、新参者に負けて恥をかくのは、如月君、あなたよ」
神楽先輩の言うとおりだ。ムカつくが、剛田に負けないように手を打つしかない。
そう、こんな時は二択だ。俺が頑張るか、剛田が頑張らないか。俺が頑張ると業績が上がる。業績が上がると来年度以降の目標予算が増える。目標予算が増えると、ますます手を抜けなくなる。そう、負のスパイラルだ。しかし、剛田が頑張らないとどうなるだろうか。剛田が頑張らないと業績が下がる。いつも通りに働く俺が相対的にスゴく見える。スゴく見えると、今以上に手を抜いてもお咎めなしになる。正のスパイラルだ。どちらが良いか……。後者に決まっている。何か良い案は無いか、早急に手を打たなければ……。
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