第三話 キャリア

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 神楽先輩は仕事ができる。一昨年、大手総合商社の四井物産からキャリア入社してきた。彗星の如く現れて、たった一度の成績考課と人事査定で部長補佐にまで上り詰めたのだから、異例の大出世だ。  彼女はいつも颯爽としている。多くは語らない寡黙なタイプだ。クールって言ったらいいのだろうか。俺と近いものを感じる。俺ほどではないが、女性にしては高身長でスラッとしている。長い黒髪を後ろで束ねていて、そのモデル体型がより際立つ。  残業を嫌い、所定労働時間の中で何でもスマートにこなし、その後は飲みにも行かずにジムで汗を流しているらしい。ここで、ストイックだからドM、と安易に結びつけるのは素人考えだ。大抵そう考えるだろうが、仕事には厳しい人だ、総合的に考えると、裏の裏をかいてドSな人だな。まあ無いとは思うけど、裏の裏の裏をかいて実はドMっていう線も……? いや、ないな。  きっと、ジムで汗を流した後は、これまたハイスペックで、それでドMな彼氏、もしいればだけど、その彼とあんな事やこんな事をするのだろう。  ああ、今、このクールな神楽先輩に中指を立ててみたらどうなるんだろう。ドSの心に火がつくだろうか。応接室とか、会議室とか、密室に連れ込まれて、ああでもない、こうでもない、と、こねくり回されてしまうのだろうか……。ああ、どうしよう……。 「ちょっと、如月君、聞いてるの?」 ああ、いけない、また悪い癖が出てしまった。 「あっ、すみません。ちょっと考え事をしていました。今後はますます頑張りますので」 「期待してるわよ」 まるで上司のような口の利き方だ。社歴よりも社会人経験の量と質の違いからだろう。神楽先輩はもう、完全に「先輩」であり「上司」なのだ。
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