第三話 キャリア

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   七月二十五日(木) 神楽凜  私の名前は神楽凜。二十九歳。女。いまだ独身。親からの圧もある。正直、そろそろ結婚に焦り始めてきた。  斉甲商事にキャリア入社して一年とほぼ四ヶ月。それまでは大手総合商社の四井物産で働いていたが、より裁量権の大きな仕事にチャレンジしたく、この会社への転職を決意した。周囲にはそう説明している。  実際、裁量権は大きい。いや、大きすぎる、と言うより、上司の林田部長が何もしなさすぎる。部長は新卒で入社した会社に在籍し続けて、外海の荒波を知らずにぬるま湯で育ち、ここで茹でガエルになってしまった……。そんな感じの上司だ。おおらかな人柄が好かれている事は分かる。そう、人柄は素晴らしい。ただ、無数の報告書にただ判を押すだけの捺印マシンに成り下がっていないか……。部下という身ながら、いささか心配ではある。  入社以来、如月君の働きぶりは見せて貰った。まるでなっていない。他社では通用しないだろう。あまりにも腑抜けている。まず、社会人としての自覚がなっていない。  いつもせわしなくギリギリに出社したかと思ったら、ふらっとどこかへ行ってしまう。それでいて、全社共有のイントラネットの予定表には何の情報も入っていない。林田部長に彼の行き先を聞くと「ああ、今日はきっと四星化学だよ、いや、きっと角赤ケミカルかな……。急ぎの用なら電話してみたら?」なんて言われてしまう。  まあ、如月君には特段急ぎの用件などないので良いのだが。しかしだ、企業としてそれで良いのだろうか。一度林田部長にやんわりと抗議した事があった。そうしたら「だからこそ、君の力が必要なんだ。他社の知見を活かして、当社に新たな風を吹き込んでくれ」なんて、それっぽい事を言われてしまった。結局、もっともらしい理由をつけて他の社員の面倒を見て欲しいと、そう言われたのだ。
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