第三話 キャリア

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 如月君は不思議だ。何をしてきたのか、夕方頃にはふらっと事務所に戻り、見積書の作成などもそこそこに、定時退社する。定時退社には賛成だ。彼に唯一賛同できる点だ。限られた時間内に最大限のパフォーマンスを発揮する。私は大手企業でそのような思想のもとで育てられ、鍛えられてきた。それにしても本当に不思議だ。如月君は、そんな働きぶりで一応の成果を挙げているのだ。何を考えているのかよく分からない、つかみ所のない社員だ。  そして今年の四月である。第三営業部の中堅社員二名が異動となった。これは大きな痛手だった。その代替要員として配属されたのが。経営企画部から異動してきた剛田君だ。二名減に対して一名の補充、そして三ヶ月後に新入社員の本配属でもう一名、そう、奥村さんだ。正直絶望的だと思った。  剛田君は営業未経験、マンパワー的には半人前だろう。奥村さんに関しては新入社員だ。半人前にも満たないだろう。二人減って、実質増えたのは一人弱だ。余力のある人間には益々頑張って貰わなければいけない。もちろん、私自身も人一倍の成果を挙げるつもりだった。  しかし、実際のところ、それほど状況は悪くなかった。剛田君は仕事ができる。それも想像以上に。三六協定のギリギリまで根詰めて残業するのが玉に瑕だが、フルパワーで業務に臨んでくれる。奥村さんについては、まあ、新入社員だ。あんな物だろう。  そこでだ。いよいよ如月君の立場が危なくなってきているという状況だった。それまでも彼には何度もキツい言い方をしてきたが、暖簾に腕押し、本当につかみ所がなかった。しかし今、言うべき事は言っておこう。今、周りに社員はいない、彼のプライドを傷つけない為には絶好のチャンスだった。
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