第三話 キャリア

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「如月君、あんまり言いたくないけどね、このままだとあなた、剛田君に抜かれるわよ」 PCから顔を上げて振り返るその顔は、痛いところを突かれた、と、そんな表情を浮かべた。こんな時にどんな口調で声を掛ければ良いのか、いつもの癖だ。ついぶっきら棒な言い方になってしまった。少し口調を和らげるように意識して、続けた。 「まあ、この調子なら個人の目標予算は達成できるでしょうね。それでも、新参者に負けて恥をかくのは、如月君、あなたよ」 ああ、これだ。この表情。少し言い過ぎただろうか。何ともミステリアスな、そして、哀愁を漂わせた、何ともいえない表情をする。そんな表情を、無駄に小綺麗で、無駄に整った顔で、無駄にインテリっぽい雰囲気を醸し出してするのだ。  今、彼は何を思っているのだろうか。何を……。気になる。いや、おかしいな。この感情は何だろう。今、もっと彼の事を知りたいと思っている。この謎に包まれた彼の思考回路が気になる。いや、気になると言うよりは、もっと動物的な感覚……。彼を理解して、理解されて、虐げられて、彼の世界に浸ってみたい。私の意に反して、彼の思うがままに……。だめだ、何を考えているのか……。  たまにこんな事がある。二十九歳にして、いまだに男を知らないこのカラダは、時々、制御不能のメスの本能が脳内を引っ掻き回す。だめだ。いけない。こんな腑抜けた男、どう考えたって恋愛の対象外。あり得ない。暴走しかけた感情にブレーキを掛けたとき、少し荒げた声が私の口から出た。 「ちょっと、如月君、聞いてるの?」 彼は我に返った様子だった。そして、多分、私も。 「あっ、すみません。ちょっと考え事をしていました。今後はますます頑張りますので」 とたんに別の感情が芽生えた。「頑張りますので」の「ので」とは何なのか。「頑張ります」で止めておけば良いものを。「ので」の後に続く言葉は何なのか。  「頑張りますので失敗しても許してちょ」なのか「頑張りますのでたまにサボっても許してちょ」なのか「頑張りますので今度抱いてやるよ」なのか。ああ、また邪念が入った。そう、如月君を目の前にするとなぜか、複雑に感情が交錯する。 「期待してるわよ」 まるで上司面だ。変な言葉が口を突いて出た。どうも彼を前にすると調子が狂う。
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