第四話 飲みニケーション

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「ちょっと如月君、こんな見積書、ハンコ押せない。修正箇所、付箋貼っておいたからすぐ直して再提出して」 神楽先輩だ。神楽先輩の有能ぶりに目をつけた林田部長は事務的なチェックを全て神楽先輩に押し付けて、いや、依頼している。いわゆるダブルチェックというやつだ。  しかし、俺は知っている。神楽先輩の確認後、林田部長はほぼスルーだ。林田部長もどうかと思うが、神楽先輩は逆にしっかりしすぎだ。提出した見積書には付箋がびっしり貼ってある。こんな事をするなら、神楽先輩がデータを預かって修正してくれたら良いのに。完全に二度手間じゃないか。印刷用紙も付箋ももったいない。エコじゃない。 「すいません。すぐに直します」 「ちがうでしょ。こういう時は『申し訳ございません』でしょ」 ああ、いちいちうるさいな。黙っていれば美人なのに。 「あっ、あなたの為なんだからね。別に私は構わないけど、外で恥をかくのはあなたなんだから……」 長くてキラキラした黒髪をなびかせて神楽先輩は素早く踵を返した。いけない、心の声が顔に出たんだろうな。気をつけないと。  修正箇所をすぐに直して神楽先輩の押印を貰ったら、その足で林田部長のデスクに向かった。神楽先輩も愚痴をこぼしていたが、この押印と紙ベースの文化、いい加減何とかならないものか。今や電子化の時代なのに。 「林田部長、見積書を作成しました。ご確認をお願いします」 「引き合いご苦労さん。ところで如月君、今夜空いてる?」 来た! やっぱりだ。そうだよな。社会人五年目、もう四年以上の付き合いだ。林田部長の「飲みたい」という雰囲気を察するなんて造作もない。 「もちろんです!」 「飲みにでも行こうかな、と思ってるんだけど、良かったら如月君もどうだい?」 来た来た。この流れ。家庭では奥さんと娘さんに煙たがられているって、散々飲みの場で聞かされてきた。今日もお付き合いしますとも。何たって毎回、林田部長が気前よく奢ってくれるんだから。 「はい! 喜んで!」
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