第五話 沼

9/16
前へ
/73ページ
次へ
   八月九日(金) 如月颯太  ついつい林田部長との話に盛り上がってしまったが、気が付けば奥村さんがいない。 「部長、奥村さん、どこ行ったんですかね?」 「さあ、トイレじゃない? 女子トイレ入って覗いて来るか! ガハハハハ!」 部長、久々に若い女の子と飲んだから超ご機嫌だな。そして、セクハラ全開。それに動じない奥村さんは凄い。天然、ってどころの話ではない。セクハラの雨あられを華麗にヒラリとかわすあの感じ。飲み会要員としてアリだな。男臭い飲み会に咲く一輪の花、そんな感じだ。 「すみません、ちょっと気分が悪くなっちゃって……」 「それは大変だ。私の膝の上で寝るか?」 「もう、部長ったらー」 「ガハハ」 酔った素振りなんか見せていたか? まあいいか。十時過ぎだ、今日はこの辺だな。 「奥村さんも具合悪いみたいだし、部長、そろそろお開きにしましょうか」 「え? ああ、そうだな、せっかくだけど、今日はこの辺にしておこうか」 いつも通り、林田部長は羽振りが良かった。ご馳走になった。 「私は東京駅なんだがね、如月君は日本橋駅だろ? 真里菜ちゃ、じゃない、奥村さんは?」 「私も……。日本橋駅です……。」 そう、会社の最寄り駅は東京駅と日本橋駅の二つだ。自宅からアクセスの良い路線で各々通勤しているのだ。 「そうか、じゃあ、今日はありがとな! お疲れさん!」 「お疲れ様でした!」 あー終わった。結局いつもの飲み会と大差なかったな、と思って帰ろうとした時だった。半袖ワイシャツの袖が何かに引っ張られた。 「あの、如月先輩……。私、悩みがあって……」
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加