第五話 沼

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 すかさず席に戻って言った。 「大丈夫だよ。ちょっと深呼吸して。大丈夫。ゆっくりでいいから。ゆっくり……。落ち着いたら、話してごらん」 猫なで声で、ゆっくり、焦らず……。こんな時、せっかちに結論を急いではいけない……。そうこうしているうちに、ロングアイランドアイスティーが二つ届いた。一つを彼女に勧めた。 「あのね、あのね……」 大粒の涙を流す奥村さんの口からポロポロと言葉がこぼれた。まとまりのない話を要約するとこんな感じだ。彼女は総合職で入社した。しかし、彼女自身、まだ半人前以下だと自覚している。それでも、古参の事務職の女性達と同等か、それ以上のお給料をもらっている。それを快く思わない事務職のお局社員がいて、その視線が怖い。と、そんなところだった。  俺の立場では、事務職の女性社員から彼女の噂は聞こえてこない。しかし、きっと女性達には、男には分からない世界があるのだろう。  実態はどうであれ、総合職は事務職と違い、将来の幹部候補として期待されている。その業務内容は事務職と一部類似するものの、責任の範囲が異なる。故に、給料に差が出る事は当然だ。別に何の問題もない。気にしなければ良い。でも、分かっている。この状況で、それは正解であり、不正解なのだ。正解はこうだ、と思った事を言ってみた。 「奥村さんは頑張っているよ。十分頑張ってる。それは、一番近くで見てきた俺が一番よく分かってる。だから泣かないで。何かあったら、俺が守るから」 「如月先輩!」 その瞬間、彼女の小さな腕と大きな胸が俺を包んだ。そして彼女は続けた。 「わたし、今日はもっと酔いたい気分かも……」
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