第五話 沼

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   八月十日(土) 如月颯太  スマホのアラームを止めた。見慣れない天井だ。真っ白い天井に、パステルカラーのカーテン、小さなテーブルにピンクのソファ、ハート型のクッション。それに、見慣れない冷蔵庫、電子レンジ、テレビ……。ここ、どこだ? 「ソウちゃん、おはよ!」 ベッドに横たわる俺の背中に柔らかいものがふたつくっついた。そして、その声の主の唇が俺のそれと重なった。 「えっ、あっ、えっと、その……。おはよう」 驚いた。ベッドの上で振り返ると、隣には一糸纏わぬ奥村さんがいるではないか! 「おっ、お、お、お、奥村さん?」 「やだー、ソウちゃん、昨日みたいに『マリちゃん』って呼んで」 そう言うと、俺の首に腕を回し、続けた。 「ねえ、昨日みたいに私を激しく罵ってみて。それで、優しく激しくめちゃくちゃにして!」 呆気に取られる俺を押し倒してさらに続けた。 「しよっか、五回目」 いやいやいや、罵る? 優しく? 激しく? 酔っ払った俺はいったい昨日どんなプレイをしたって言うんだ? 「あっ、ごめんね、今日はちょっとこれから用事があって……」 それが、その混乱から脱する為に出た精一杯の一言だった。慌ててパンツを履き、ワイシャツを着て、スラックスを履いて、どこに転がっているか分からない靴下たちを探した。
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