第五話 沼

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「えーもう行っちゃうのー『お盆が明けるまで寝かせないよ』って昨日言ってたのにー嘘つきー」 靴下を見つけた。片割れがない……。 「ねーえったらー」 「いやー、あの、その、じゃあまた来週に!」 「来週のいつ?」 「来週の、いつか」 「えーやだ! 何日何時何分何秒地球が何回まわったとき?」 ああ、困った、子どもっぽい駄々をこねるなあ……。その時、片割れの靴下も見つけた。 「じゃあきっかり一週間以内! 別途連絡ちょーだい!」 「そうだね! じゃあまた!」 そう言って、逃げるようにその場を後にしようとしたが、細くて柔らかい手が俺の左手を掴んで止めた。 「行ってきますのチューして」 困った、まあ、一回も百回も同じか、と思った。また唇を重ねた。舌まで突っ込まれた。 「あと『行ってくるよ、マリちゃん』って言って」 「……。行ってくるよ、マリちゃん」 「行ってらっしゃい、ソウちゃん!」 そこは十二階建てのマンションの十階だった。奥村さん、結構良いところに住んでるんだなあ、とか考えなからエントランスに差し掛かった頃に気が付いた。ここはどこなのだろうか。スマホの地図で調べた。新小岩駅まで徒歩三分程だった。何だ、築浅で駅近の優良物件じゃないか。羨ましい。
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