第五話 沼

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 帰りの電車に揺られ、すっかり高く昇った太陽の光を車窓越しに浴びながら、ぼんやりと考えていた。奥村さん、いや、これからはマリちゃんって呼んだ方がいいのかな……。  普通に若くて可愛いし、タイプかって言われたら最初はよく分からなかったけど、何だかイイかもな、なんて思っている自分がいた。付き合う事になったら社内恋愛だなあ。あんなゆるふわ女子と付き合ってるってバレたら、会社の男性諸君からは嫉妬の嵐だろうからな。会社では慎重に振る舞わないと。そんな物思いにふけっていると、スマホが震えた。メッセージだ。マリちゃんからだ。 「昨日は楽しかったね! 次いつ会える? 連絡待ってるね」 語尾にはピンクのハートマークが入っていた。これって何だろう? もう、付き合ってるのかな? そもそも、昨日プライベートスマホの連絡先も交換してたんだ。 「間もなく、船橋ー、船橋ー」 社内アナウンスが流れた。乗り換えだ。新小岩駅から総武線快速で船橋まで行って、京成船橋駅まで徒歩で移動。そして京成本線快速で青砥駅までだ。  その時、とんでもない事に気が付いてしまった。通勤時、俺は青砥駅から浅草線で日本橋駅まで行って、そこから徒歩で会社に向かう。それが、どうだ。新小岩駅から通勤するんだったら、総武線快速で向かう先は……。東京駅!   そう、つまり、奥村さん、いや、マリちゃんは通勤で日本橋駅を利用しないのだ。そうすると、毎朝偶然日本橋駅の地下通路出口で出会っていたのは……。待ち伏せ?   思い返すと、毎日だ。必ず。雨の日も、風の日も、出勤日は一日も欠かさず、偶然を装って出会っていたと言うのか……。それに気が付いてしまうと、先ほどまでの浮かれていた気持ちに、ちょっとオーバーウエイトな愛が重くのしかかり、心を沈めた。これを世間はメンヘラと呼ぶのだろうか……。
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