第六話 東雲の景色

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「ちょっと! 如月君!」 席に着くなり、神楽先輩が苛立ち、焦った様子で近づいて来た。 「遅い!」 「えっ、何ですか?」 マリちゃんの笑顔は一瞬で消え去り、その視線がPCに吸い込まれた。剛田もその虚ろな視線を手元の資料に落とした。 「如月君! あなたの得意先の四星化学、倒産したの! 知らないの?」 衝撃だった。準大手と言われる程の中間材料メーカーだ。それが倒産? あり得ないと思った。 「いや、まさか……」 「『まさか』じゃないの! 本当にもう! しっかりして!」 神楽先輩が珍しく声を荒げる。俺は血の気が引いた。この部署、第三営業部の主要取引先の一社だ。  年末年始やゴールデンウィーク、お盆といった長期休暇のシーズンは、企業の「倒産シーズン」でもある。債権者、つまり、お金の支払いを待っている我々がのんびり休暇を過ごしているうちに、粛々と破産等の法的措置に入るのだ。まさに夜逃げのような不意打ちだ。 「とりあえず、えっと、えっと、法務部に相談してみます」 「もうやった!」 神楽先輩がピシャリと言った。 「先方からは既に受任通知が届いている。我々にはもうどうしようもない。債権債務関係の確認と整理、ほか法的措置については法務部が対応中。影響を及ぼす取引先からの問い合わせには部長が対応しているわ」 神楽先輩の荒ぶる声は止まらなかった。 「なぜ気が付かなかったの? 足繁く泥臭く、そんな仕事があなたの強みじゃなかったの? 窓口担当の様子、社長の出入り、事務所カレンダーの銀行名、社員の士気、出されるお茶、そんな些細なところから異変を察知する。今はデジタルの時代だけど、そんな事だって営業担当の仕事よ? あなたの得意分野だったんじゃないの?」 俺の得意分野……。神楽先輩……。普段は怒ってばかりで、まあ、今も怒ってるんだけど、神楽先輩が俺の強みを見てくれていた。そんな事を今更になって思い知らされた。「足繁く泥臭く」そうか、それが俺の強みなのか!
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