第一話 ミステリアス

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 そうだ、忘れるところだった。この子は会話が続かない。いつも「おはよう」の後に沈黙が続く。会社は目の前だが、何か会話をしなくては……。  ここで印象を悪くして女性社員達の間で「あいつは無愛想」みたいな噂を流されたらたまったものではない。とはいえ、毎日の会話で話題は尽きてきた。「新人研修頑張ってね」「梅雨が明けて良かったね」「第三営業部はどう? 慣れた?」なんてテンプレートのような会話は尽きたのだ。  そうだ、一つ疑問があった。新人は大抵、言われてもいないのに三十分前には出社してデスクを清掃したり、新聞を配ったり、そんな古くさい慣例に従うものだが、この子は決まって俺と同じ、五分前行動だ。良い機会だ、聞いてみよう。 「いつもこんな時間に出社して、遅刻しない? 大丈夫?」 「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます! 先輩って、やっぱり優しいんですね」 そう言うと丁度会社のエントランスに着いた。奥村さんは足早にエレベーターに乗り、遅刻を恐れ焦っている様子の他の社員と一緒に俺も同乗した。  そこからはいつも無言だ。ところで、彼女は本当に大丈夫なのか? 俺は気にしないが、他の新入社員達が早めに出社して先輩社員を出迎える中、彼女ひとりが五分前行動だ。他の社員からの目線もあるだろうに……。  まあ、よく分からないが、本人が大丈夫と言うからには、大丈夫なのだろう。先輩から強制する事でもない。
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