第六話 東雲の景色

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   八月十七日(土) 神楽凜  昨日の如月君には驚いた。責任感とは無縁な彼が、休日出勤を自ら申し出るなんて。何があったのかしら。そう言えば、彼、いつもと違う、良い目つきをしていたな。  私、ちょっと言い過ぎちゃったけど、それが如月君に効いたのかな。いや、昨日に限っては部長も頼りがいがあったし、そっちの方が効果大だったかも。いずれにしても、二人とも、普段からあんな感じなら良いのに。  土曜日の静かな事務所に到着したのは八時半だった。目を疑った。いつも九時ギリギリに出社する如月君が既にPCに向かっていた。 「あっ、神楽先輩、おはようございます」 「おはよう如月君」 「休日の事務所って静かですね。僕、休日出勤なんて初めてで」 安心した。昨日の一件、気に病んではいない様子だった。 「如月君、今何してるの?」 「四星商事売りだった商材が販売できそうな先、片っ端から調べてます」 「えっ、嘘でしょ? インターネットだけで調べているの?」 「そうですけど、何か?」 呆れた。このとぼけた感じ、今日は残念ながらいつもの如月君だ……。 「どうして社内の販売管理情報を参照しないの? 『Aが売れている先にはBも売れるかも』とか、そういうロジックで顧客リストを作成する方が効率的でしょ? 社内の情報ソースも有効活用しないと!」 「ハハッ、そうですね。やっぱり僕、神楽先輩がいないとダメっぽいです」 少し困った顔でそう笑う神楽君にドキッとしてしまった。私、頼られている? 私がいないとダメなの? 何だかとても心がむず痒い気分だった。むず痒い心をそのままに、それをごまかすように作業に集中した。
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