第六話 東雲の景色

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 店内に入って、また驚いた。雑居ビルの隙間の仄暗い階段を降りると、こんなにもオシャレな空間が……。昼間なのに暗めでムーディーな照明に、所々にちりばめられたキャンドルの灯火……。こんな隠れ家的なお店が会社の近くにあったなんて……。普段は冴えないけど、お店選びのセンスだけはピカイチね。恐れ入ったわ。如月君。 「それでは、お料理はこちらのランチメニューからお選び下さい」 「ありがとうございます……。あっ、神楽先輩、ここ、ランチビールあるんですよ! どうですか? 軽く一杯!」 「いえ、私は遠慮しておくわ」 「えーつまんないのー。どうしてですか? お酒、弱いとか?」 「違うわよ。今日はこれからジムでランニングするの」 「そうなんですね。残念……」 私のつっけんどんな返答に、如月君は少しシュンとしていた。ああ、まただ、いちいちその表情。苛立ちと好奇心が私の心を駆け巡り、複雑に交錯した。  そのうち、注文したパスタが目の前に置かれた。トマトが添えられたジェノベーゼパスタに小さなフランスパン。それにオリーブオイルも付いてきた。ふんわり香るバジルの香りが仕事の疲れを癒やしていく。 「神楽先輩って、休みの日って何してるんですか?」 えっ、また意味深な質問。何って言われると答えに窮する……。ランニングとか? あとは読書? サブスクのドラマを観たり? うーん。取り立てて話題にするような事はないな。ドラマなんて、今観てる恋愛ドラマを口走ったら、私の恋愛脳が丸裸にされそうだし。最近はちょっとマイナーな「恋の不時着」にドハマりしているなんて口が裂けても言えない……。 「別に、何もしてないわよ」 「えー、そうなんですね。つまり、家でゴロゴロしながらサブスクの恋愛ドラマを観たりとか、そんな感じですか?」 うっ、この子はサイキックか! 仕事の勘はからっきしなのに、何でこんな時だけ無駄に鋭いのか……。
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