第六話 東雲の景色

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   八月十七日(土) 如月颯太  そのうち、注文したパスタが目の前に置かれた。チーズたっぷりボロネーゼに小さなフランスパン。それにオリーブオイルも付いてきた。今日は早起きしたから腹ぺこだ。食欲をそそる良い香りだった。よし、今日は先輩の謎に包まれた生態を知るチャンスだ。 「神楽先輩って、休みの日って何してるんですか?」 「別に、何もしてないわよ」 何もしていない訳はない。俺みたいにゴロゴロ過ごしているのだろうか。 「えー、そうなんですね。つまり、家でゴロゴロしながらサブスクの恋愛ドラマを観たりとか、そんな感じですか?」 少し焦った顔をして、普段頭の回転が速い神楽先輩が押し黙っていた。先輩も人間らしいところがあるじゃないかと、少し安心した。 「あー、図星だー! どんな恋愛ドラマ観るんですか?」 「別に、何でも良いでしょ?」 なぜか先輩は冷たかった。オフの時間くらいは普通にお喋りして欲しいと思った。 「えー、先輩、さっきからつまんないですよー。ちなみに、僕は今『恋の不時着』にドハマりしてまーす」 驚いた顔をしている。やっぱりマイナーな恋愛ドラマを挙げたのはマズかったか……。引かれていたらどうしよう、仕事に差し支えないと良いけど、と、そんな事が頭をよぎった。不穏な会話を置いておいて、話題を切り替えた。 「先輩って、何でジムでランニングするんですか? 別に外のその辺、走れば良いじゃないですか?」 ずっと考えていた疑問だ。賢い先輩なりの、何か特別な美学があるに違いないと思った。
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