第六話 東雲の景色

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 いいのかな、と思ったが、実際のところ、他に行くあてもない。先輩に従った。  神楽先輩の部屋は広かった。五十四階建ての五十二階だった。二LDKのその部屋は開放的な空間だった。リビングの大きなガラス窓からは、東京湾と沿岸の町並みが一望できた。 「凄いところに住んでいるんですね!」 そう言うと、先輩は少し悲しそうな顔をした。またマズい事を言ってしまったか、そう思った。 「そうね、親の七光りってやつ……」 悲しそうに夕日の沈む眼前のパノラマを眺めて続けた 「私、前職が四井物産ってのは知っているわよね。実はね、私の父親はそこの重役なの。ここの家賃はその父親が出してくれている」 「えっ、スーパーエリートの娘さんじゃないですか! いいなー羨ましい!」 そう言うと、思ったよりも華奢で、小さなその背中を震わせながら先輩は言った。 「私ね、四井物産へはコネ入社だったの。同期からは陰で『親の七光り』ってよく言われたわ」 掛ける言葉もなかった。俺には到底想像できない苦労話だ。さっきの「羨ましい」は、撤回すべきだと思った。 「それが嫌だった。だから頑張った。でも、どんなに努力をしても、自分の成果だとは認められなかった。それに、何か小さなミスをすると『子どもはこの程度か』って、蔑まれるの……」 彼女の横顔から、夕日に照らされてキラリと光るものが落ちたのを見た。 「それで転職したの。資本関係のない、独立系の斉甲商事にね」 そして、彼女は夕日に照らされた東京湾をバックに振り返った。もう涙を隠す様子もなかった。 「いつも辛く当たっちゃってゴメンね。如月君って、脳天気でどこか抜けてて、つかみ所がなくて、ミステリアスで……。わたし、そんな君が羨ましいのかもね……」 気が付けば壮大な夕日の景色をバックに抱き合っていた。そして、そのまま彼女は言った。 「わたし、今日は酔いたい気分かも」
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