第六話 東雲の景色

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   八月十八日(日) 神楽凜  私の父にとって、私の優先順位はいつも仕事以下だった。裕福な家庭の一人娘。世間は私を恵まれていると言う。でもそれは違う。心は全くもって満たされなかった。  入学式も、卒業式も、運動会も合唱コンクールも、頑張って進出した陸上の全国大会だって……。父は見に来てくれなかった。でも結果を出すと、父は褒めてくれた。ただし、それは、あくまで「結果」に対しての「報酬」。その「過程」を見てくれる事は一度もなかった。  だから仕事では、ただひたすらに「結果」を求めた。父には、時に守って欲しかった。でも父は、何かあるとすぐにお金で解決しようとする。高級な食事、高価なアクセサリー、豪華なマンション……。そんなものでご機嫌を取ろうとする……。  そうじゃない。そうじゃなくて、昨日のあの人みたいに、身を挺して守ってくれるような。そんな無償の愛が欲しかった……。  あと、父には、ときに叱って欲しかった。もっと私に感心を持って欲しかった。ときにダメ出しをして、汚い言葉で辱めたっていい。無関心よりは百倍良い。そう、昨日のあの人みたいに……。  昨日のあの人、ソウちゃんは素敵だった。あの地震の時、訳の分からない事を言いながらも、自分自身を差し置いて私を守ってくれた。あんな事をしてくれたのは、ソウちゃんが初めてだった。  それに、その夜は凄かった。あんな風に私を汚い言葉で辱めてくるなんて……。「俺と結婚しろよ!」なんて言って来たのはさすがに冗談だとは思うけど……。普段はミステリアスなのに、あんなに野蛮で、危険で、優しくて、激しくて……。もうそれは野獣のようで……。忘れられないよ、ソウちゃん……。
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