第七話 マイノリティ

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 その状況が飲み込めずにいる俺に構わず、マリちゃんは迫ってきた。俺の身体は本棚と彼女の豊満なカラダで挟まれた。 「抱いて! さあ、ほら! 早く!」 全く意味不明だった。書庫という密室で、その狂気に満ちた、くりくりパッチリとした眼が、俺の目を捉えて放さなかった。 「何で、今?」 俺は必死に声を絞り出した。 「今日何日?」 「……? 八月、十九日」 「何時何分?」 「さあ……。九時過ぎくらい?」 「あれからどれくらい時間が経った?」 あれから? あの時の事だろうか。それは、お盆休みの初日、つまり八月十日で……。と、そこまで考えた時に思い出した。その日、次にいつ会えるかと聞かれて、「きっかり一週間以内」にまた会うと約束したのだった。あろう事か、すっかり忘れていた。 「……八日くらい、かな?」 「違う!」 彼女が声を荒げた。 「あの約束から八日と二十三時間四十七分!」 相変わらず、俺をロックオンしたまま、マリちゃんは続けた。 「つまり、一日と二十三時間四十七分も私を待たせて、不安にしたの! だから今、ここで、すぐに抱いて!」 全く滅茶苦茶な要求である。これは、もしリンちゃんとの事がバレたら殺される。そう思い、戦慄した。 「いやあ、さすがに会社じゃあ抱けないよ……。勤務時間中だし……。せめて今晩まで待ってもらえないかな……」 正論だ。一般論だ。だが、俺から発せられたその言葉はどうも弱々しく、自信なさげだった。 「じゃあ罵って!」
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